vol.87 祭典、熱狂の継投
Tatsuyaが残した甘い余韻が消えやらぬ中、ドームの空気は再び塗り替えられた。
照明がカッと照らし出したのは、シンプルなバンドセット。
そして、その中央に、ハイヒールとタイトなレザージャケットに身を包んだ一人の女性が立っていた。
amiだ。
彼女はニヤリと笑い、スタンドマイクをぐっと引き寄せる。
その仕草だけで、会場の男たちの野太い声援が飛んだ。
「あんたたち、ちょろいんだから!
あたしが『好き』って言ったら、すぐ好きになっちゃうんでしょ?
…まあ、あたしもなんだけどさ!」
茶化すようなMCに、ドームが笑いと歓声で揺れる。
曲は『惚れたら負けでしょ!』。
ゴキゲンなギターリフから始まる、痛快なロックンロールだ。
【いつも好きと言われたら、好きになっちゃうよ!】
【単純だって笑うけど、それが恋でしょ!? Baby!】
amiはステージを堂々と闊歩し、客席の隅々まで挑発的な視線を送る。
巻き舌気味のパワフルな歌声は、Tatsuyaの甘さを吹き飛ばし、会場をカラッとした熱気で満たしていく。
チャキチャキとした姉御肌のパフォーマンスに、老若男女問わず拳が突き上がる。
セブ直山は、身を乗り出して叫んだ。
「カッケー!ami姐さん、カッケー!
この潔さ!男も女も惚れさせちまうカリスマだ!
今の若い子には出せねえ色気と説得力があるんだよ!」
Dream Jumpsの楽屋。
「amiさん、すごいパワー…」
めぐみが圧倒されていると、ゆずがフッと鼻を鳴らした。
「ま、私たちのキュートさとはジャンルが違うわね」
amiが投げキッスを残して去ると、ステージは荘厳な静寂に包まれた。
そして、ゆっくりと姿を現したのは、総勢20名を超える大編成バンド、アークシンフォニー。
ストリングス隊、ブラス隊、そして重厚なロックバンドが融合した、唯一無二の存在だ。
指揮者がタクトを振り下ろした瞬間、爆音と神々しいオーケストラの音色が激突した。
曲は『エンパイア・レクイエム』。
荘厳なヴァイオリンの旋律の上を、切り裂くようなギターソロが舞う。地を這うようなベースラインと、天から降り注ぐトランペットのファンファーレ。
それは、巨大な帝国が築かれ、そして崩壊していく様を音で描いた、壮大な叙事詩だった。
観客は、ただその圧倒的な音の洪水に身を任せるしかない。
ペンライトを振るのも忘れ、呆然とステージを見つめる者も少なくない。
Synaptic Driveの楽屋。
「すげえ…音の厚みが尋常じゃない」
ユージが呟く。
けんたろうは、目を閉じてその音に集中していた。
「ロックとクラシック…
違う要素を混ぜるんじゃなくて、お互いの良さを何倍にもしてる。
どういう構造なんだ、これ…」
作曲家としての探究心が、彼の心を激しく揺さぶっていた。
もはやライブというより、一つの芸術鑑賞。
そんな領域にまで達したアークシンフォニーの演奏が終わると、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
その熱狂を切り裂くように、ステージに炎の映像が燃え盛る。
次に登場したのは、JON。
黒いスーツ姿の彼は、無言でベースを構える。
背後には、屈強な印象の演奏隊。
JONがスラップ奏法で激しいリフを弾き始めた瞬間、ステージの四方から本物の炎が吹き上がった。
曲は、彼の代名詞である『炎のデッドヒート』。
燃えるようなベースラインと、タイトなドラム、切り込むようなギターが、超高速のバトルを繰り広げる。
JONはステージを駆け回り、時に仰け反りながら、まるでベースが身体の一部であるかのように超絶技巧を叩きつける。
それは、音と言葉の境界線を超えた、魂の叫びそのものだった。
Midnight Verdictの楽屋。
「…熱いわね」
さやかが冷静に評する。
「技術は確か。でも、私たちの創る世界とは対極」
同じベーシストのかおりが呟くと、あやは少し複雑な表情でモニターを見ていた。
(ユージたちの音楽とは、全然違う…でも、これも音楽…)
セブ直山は、絶叫するのも忘れ、ただ口を開けて画面を見つめていた。
「……なんだよ、これ…化け物かよ…。
今夜、マジでどうなっちまうんだ…」
ドームは、次々と繰り出される最高峰のエンターテインメントに、もはや思考が追いつかない。
熱狂は飽和状態を超え、一種のトランス状態に近い空気に包まれていた。
そして、この異常なまでの熱を帯びたステージに、いよいよ次のアーティストが登場する。
Synaptic Drive。 誰もが、固唾を飲んでその瞬間を待っていた。




