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vol.8 隣の席のユニバース・ボーイ

「うおおおっ!

 俺たちの曲がテレビから流れてるぞ!」


 Rogue Soundの事務所。

 ユージがテレビに顔を近づけて叫ぶ。

 深夜ドラマ『コスモ・シンフォニー』の番宣CM15秒。

 15秒。

 だが、その中に凝縮された『FIRE ON THE MERCURY』のイントロは、空気を震わせた。


「いやあ、感無量だなあ。

 僕のコネクションがこんな形で実を結ぶとは…」


 社長が涙ぐむ。

 綾音がすかさず冷たく突っ込む。


「社長のコネは一件も役に立ちませんでしたが、結果オーライですね」


「うっ…」


 けんたろうは、そんなやり取りをどこか遠くに聞いていた。

 心臓が、奇妙な音を立てている。

 自分の音が、自分の知らない部屋のスピーカーを揺らし始めている。

 その事実だけで、胸の内側がじわじわと広がっていく。


 嬉しい、とは少し違う。

 怖い。

 そう、怖いのだ。

 今までの自分じゃなくなっちゃう感じがして。


 ♪ ♪ ♪


 梓のスマホには、Midnight Verdict のライブ映像がぎっしり詰まっている。

 テスト前だろうが、寝る前だろうが、再生ボタンに指が伸びる。


 特にキーボードのけいとさんから目が離せない。

 硬質なユーロビートを、氷みたいな指先で操る人。

 教室の蛍光灯よりも、今の梓には、そのステージの光のほうがずっと日常を照らしていた。


(はぁ…けいとさん、今日も素敵…)


 スマホでライブ映像を見る。

 何度目かわからないため息。


 その時——リビングのテレビから、声が飛び込んできた。


『今夜11時スタート!

 宇宙を舞台にした壮大なラブストーリー、コスモ・シンフォニー!』


 SF好きの梓は顔を上げた。

 面白そう——そう思った次の瞬間。


 耳を突き刺すようなイントロが、空間を裂いた。


「オープニングテーマは……Synaptic Drive、『FIRE ON THE MERCURY』!」


 梓はスマホを落としそうになった。


 シナ…ドライブ?


 どこかで聞いた名前。

 そうだ、ネットで一度だけ目にしたバンド名。


 だが、そんなことより——


 この音。


 重厚なシンセ。

 宇宙の広がりを感じさせる壮大なメロディ。

 わずか数秒で、梓の世界が塗り替えられた。


「なに、これ…っ!?」


 声が出た。

 しかしCMは無情にも終わり、「続きはドラマ本編で!」と煽ってくる。


 胸に残ったのは、言いようのない興奮と、続きを求める衝動だけ。


(Synaptic Drive…)


 梓は急いでスマホを拾い、検索窓に打ち込む。

 出てくるのは数件のライブレポートのブログと、「詳細不明の謎のバンド」という書き込みだけ。

 公式HPすらない。


「うーん…」


 もどかしさを抱えたまま、梓はソファに横になった。


 ♪ ♪ ♪


 翌日。

 学校の廊下で、友達の早坂がいつものように大声でぼやいていた。


「はぁ〜、Midnight Verdictみたいな彼女、欲しいなぁ。

 特にけいとさんとか、あやちゃんとか、ああいう子と付き合えたら最高だろ?」


 梓の心臓がはじかれる。


 憧れのけいとさん。

 その隣にいるのが、目の前を歩いているけんたろうだという秘密。


 誰にも言えない秘密を、ポケットの中で握りしめているような感覚。

 うしろめたさと、こっそり笑いたくなる気持ちが、胸のあたりでぐしゃぐしゃに絡まった。


 その時——けんたろうが転んだ。


 教科書とノートがばらまかれる。

 梓は意を決して、けんたろうに近づいた。


「昨日のドラマのCM、見た?

 Synaptic Driveってバンド、すごかったよね!」


 けんたろうは一瞬、ビクッと体を固まらせた。

 そして、ゆっくりと顔を上げる。


「……うん。

 僕も、シロップ・スパイシー、気になってるんだ」


「……え?」


 シロップ…スパイシー?

 Synaptic Drive が、どうやったらそうなる?


 彼は顔を真っ赤にして逃げていく。


 残された梓は、首を傾げた。


(やっぱり、人違いか…。

 あんなドジで天然な人が、あんな曲を作るわけないよね…)


 自分の早とちりを恥じつつも、なぜか少しだけ残念な気持ちになった。


 ♪ ♪ ♪


 その夜。

 梓は『コスモ・シンフォニー』の放送を、テレビの前で正座して待っていた。


 フルで流れる『FIRE ON THE MERCURY』。

 CMの何倍も衝撃的だった。

 宇宙空間を駆け巡る映像と相まって、鳥肌が止まらない。


 そして、物語が終わる。

 感動的なラストシーン。

 静かに、エンディングテーマが流れ始めた。


《UNIVERSE BOY》


 繊細で、切なくて、でもイケイケ。

 そして力強い。


 ボーカルの歌声が響き渡る。


 I'm a UNIVERSE BOY ひび割れた空へ

 誰にも見せない 炎で走る

 あの人の光が 眩しすぎたから

 今度は僕が 夜を焦がす番だ──Fly High!!


 その歌詞が耳に飛び込んできた瞬間、梓は息をのんだ。


「あの人の光」


 ——それは、まるで太陽のように輝くMidnight Verdictのけいとさんのことではないか?


「今度は僕が夜を焦がす番だ」


 ——その光に追いつこうとする、影の位置にいる誰かの叫び。


 公園で見た、けいとさんの隣で小さくなっていたけんたろうの姿。

 昼間の、ドジでおっちょこちょいな「けんたろうくん」。

 公園で見た、けいとさんの恋人の「けんたろうくん」。


 そして今、この音を紡いでいる、Synaptic Driveの「けんたろう」。


 バラバラだった三本の線が、梓の中でゆっくりと一本の星座を描き始める。


 この『UNIVERSE BOY』。

 私が知らない、隣の席のけんたろうくんの、心の声みたいだったから。

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