vol.84 教祖ユージ、けんたろう布教活動中!?
Rogue Soundの小さなオフィスは、今日も灼熱のようなメディアの熱気に包まれていた。
主役であるはずの作曲家けんたろうは「買い出し」という名目で逃亡中。
残されたのは、ボーカルのユージと、彼の暴走を全身で受け止めなければならないマネージャー・綾音だけ。
ユージのテンションは冒頭からマックスだ。
「俺はな、あいつを神だと思ってるんだよ!!」
──その一言で、記者たちの目つきがギラリと鋭く変わる。
一斉にペンが走る。まるで張り込みスクープ直前の記者会見だ。
「だから、俺は教祖だ!」
ユージは勢いそのままに仁王立ち。
「けんたろうが作った曲、俺が歌って、世界に広める。
それが音楽の布教活動ってやつだろ!?」
ユージは、本当に宗教の開祖であるかのように胸を張って言い放った。
綾音は、そのぶっ飛んだ発言に、もはやツッコミを入れる気力も失い、遠い目をして天井のシミを数え始めている。
「それにさ、今回の『STARLIGHT SYMPHONY』にはMidnight Verdict、一条零、Dream Jumpsまで出るんだろ?
俺たち、負けてらんねーから!」
そう言いながら、記者からの質問に即座に応じる。
「Midnight Verdictさんについて、どう思います?」
「おうよ!あいつら同じユーロビートだろ?
リスペクトはしてるよ。
でも本番じゃ関係ねぇ。
ステージで一番輝いたヤツが勝ち!
俺たちが頂点だってとこ見せてやるぜ!」
熱弁のたびに、記者たちは「おお…!」と小声でざわめいたり、
「ユーロビート頂上決戦、書けるぞ」と舌なめずりしてメモを取ったりと、
明らかに色めき立っている。
「それにしてもな……」
ユージは、そこで言葉を切ると、意味深な表情でニヤニヤし始めた。
そして、けんたろうがこの場にいないのをいいことに、ここぞとばかりに悪ノリを開始する。
「一条零には追いかけられ、Dream Jumpsのめぐみちゃんにも追いかけられ……」
ユージは遠くの天井を見上げ、デカいため息をつく。
「うちのけんたろう、モテモテで羨ましいや、あっはっは!」
この一言で、その場の空気が凍ると同時に燃え上がる。
記者の一人がペンを取り落とし、「……え、それ、どういう…?」と小声で隣とヒソヒソ。
「作曲家と…アイドルのゴシップ!?」
「いや、一条零まで参戦?」
「天才作曲家、業界の女たらし説…」
小声で囁き合うその空気だけで、取材会場は熱気に帯びる。
その瞬間、綾音の顔は、絶望の色に染まった。
彼女は、静かに、しかし全身で「今すぐ黙れ、このバカ教祖!」と叫んでいるかのようだった。
もう一切のツッコミを諦め、ただ両手で顔を覆い、そのまま震えながら椅子に沈み込む。
記者たちのペンが今までになく高速で走り出す。
「本当に!?何かあったんですか!?」
「恋愛報道…独占いけるぞ!」
ざわつく記者の輪の中で、ユージは慌てる。
「あ、いや、あの、そういうんじゃないって!
曲が…!みんな、けんたろうの曲を歌いたがってる――
えぇと――音楽に惚れてるって意味!
別にそういう…そういう意味じゃないからっ!」
しどろもどろの言い訳は、火に油どころかガソリンを投入したも同然だ。
記者たちの視線が一斉に「※裏取りで追従案件」モードに切り替わってゆく。
限界にきた綾音は、眉間にシワを寄せながら、蚊の鳴くような声で震えた。
「……ユージくん……お願い……
もう、命が縮む思いよ……」
とうとう机に突っ伏し、微かな嗚咽まで漏らしたその姿を見て、
ユージも、さすがに少しだけ心配顔に…ならなかった。
さらに得意げな顔になっていた。
彼女は、蚊の鳴くような声で呟き、ついに両手で顔を覆った。
指の隙間から、キラリと光るものがこぼれ落ちる。
――綾音さん、泣いてる…?
そのあまりの悲壮感に、記者たちも一瞬だけ我に返る。
「いや、これは本当にヤバいことを聞いてしまったのでは…?」
「マネージャーを泣かせるほどの、ガチな三角関係なのか…?」
取材の熱気は、同情と、さらに深い好奇心へと変わっていった。
この不用意な、しかし愛すべき"教祖"の発言が、夏の祭典を巨大な恋と才能のるつぼへと変えてしまうことを、この時まだ誰も知らなかった。
そして、綾音が泣いていた本当の理由が、胃痛と絶望のあまりこぼれた生理的な涙であったことも…。




