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vol.71 沈黙の裏に、蠢く力

「めぐみっ!!

 あんた、一体何考えてるの!?」


 Dream Jumpsの事務所。

 社長の怒号。

 マネージャーの悲鳴。

 机の上には「週刊文秋」が開かれたまま広がっている。

 インクの匂い。

 紙の白さ。

 そして、カフェで並んだ自分の笑顔。

 あまりに大きく、あまりに無防備に、写真の中で息をしていた。


 めぐみは肩をすくめてうつむく。

 言葉が見つからない。

 謝ったところで、ページは消えない。


「めぐみ!」


 社長の声がさらに低くなる。


「これは仕事だぞ。

 分かってるのか」


 その時。

 めぐみの前に、影がいくつも差し込んだ。

 メンバーたちが、かばうように一歩出る。


「社長。

 めぐみは、ただ……けんたろうさんの音楽を求めただけなんです!」


「そうです。

 めぐみは、いつでも音楽に真剣なんです!」


 必死な声。

 必死な背中。

 それでも社長の顔色は晴れない。

 擁護で事実は消えないからだ。


「真剣なのは分かる」


 社長は歯を噛みしめる。


「だが、世間は真剣さなんて見ない。

 見出ししか見ないんだぞ!」


 炎上はまだ続いている。

 清純派。

 熱愛。

 裏切り。

 言葉だけが火種になり、ネットの海で燃え続ける。


 ♪ ♪ ♪


 その頃。

 都内の高級マンションの一室は、音が少ない。

 カーテン越しの光が静かに床を撫で、空気は冷たい水みたいに澄んでいる。


 電話を耳に当てているのは、一条零だった。

 声は淡く、けれど芯がある。


「真壁さん、あの子を助けられますか?」


 零の声は冷静だった。

 けれど、いつもより少しだけ熱が混じっている。


 電話の向こうで、真壁が低く笑った。

 愉快そうで、どこか嬉しそうな笑い方。


「零が、そんな頼み事をするとはな」


 一拍置いて、声がやわらぐ。

 余裕が、言葉の端に滲む。


「最近の零は、まわりをよく見てる。

 ……いい変化だ」


 褒め言葉なのに、からかいも混じっている。

 それが真壁らしい。


 零は少しだけ黙り、そして言った。


「あの子の純粋な……あの人の音楽を求める姿勢を。

 私は、応援したいと思います」


 真壁は、短く息を吸う。

 この静かな熱が、零の中で育っていくのを。


「分かった」


 電話が切れる。


 真壁は間髪入れず、別の番号を押す。

 さっきの柔らかさが消える。

 刃物が声のように低く澄む。


「例の件だ。

 各社に通せ。

 記事は止めろ。

 今夜中にな」


 ♪ ♪ ♪


 次の日。

 あれほど騒がしかった報道が、嘘のように止まった。

 テレビも、ネットも、あの写真を扱わない。

 燃えていたはずの炎上が、急速に冷えていく。

 熱だけが、どこかへ吸い取られたみたいに。


 不自然な静けさ。

 火は、自然にはこんなに綺麗に消えない。


 ♪ ♪ ♪


 数日後。

 テレビ局の楽屋。

 メイクの匂いと、ヘアスプレーの甘さ。

 廊下のざわめきが、扉一枚で薄くなる。


 めぐみは一条零の前に立っていた。

 騒動が収まったことを、ただの「話題の寿命」だとまだ思っている。

 だから、礼は礼として頭を下げた。


「先日は、お邪魔しました。

 お話してくださりありがとうございました。

 零さんにも、ご迷惑をおかけしたかもしれません」


 零は静かに微笑んだ。

 その微笑みは優しいのに、距離がある。

 近づけば切れる刃が、光に紛れている。


「いいえ」


 零は言う。


「あなたが音楽に真剣であることは、よく分かりました」


 それから、少しだけ視線を外し、窓のない壁の向こうを見るように続けた。


「それに……この世界は、時に見えない力で動きます」


 めぐみの喉が鳴る。

 何の話だろう、と笑って流したいのに、流せない。


「表面の波紋だけを見ていると」


 零の声は淡いまま、深くなる。


「潮の流れは見抜けない」


 めぐみは息を止める。


「あなたの放つ光が、無益な摩擦で失われるのは惜しいですから」


 謎かけみたいな言葉。

 でも、妙に具体的な冷たさがある。

 惜しいという言い方が、まるで価値を測る人の言葉だ。


 胸の奥で、何かが噛み合う音がした。

 あの鎮火。

 あの不自然な静けさ。

 まさか。


「……零さんが……?」


 めぐみは、口に出してから自分の声が震えているのに気づく。

 零の美しさの奥に、別の影が見えた気がした。

 音楽業界。

 芸能界。

 光の裏にある、巨大な暗い水脈。


 零は答えない。

 否定もしない。

 ただ、微笑みの角度だけをほんの少し変える。


 めぐみは愕然とする。

 自分が見ていた世界は、ステージの照明みたいに単純じゃない。

 そして、その複雑さの中心に、いま目の前の人が立っているのだと知り始めた。

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