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vol.70 スキャンダル勃発!?謎の少年とトップアイドル

 めぐみと別れたあと。

 けんたろうは自分の足が地面を踏んでいるのかさえ分からなかった。

 顔の熱と、背中を伝う冷たい汗が、同時にある。

 息は浅い。

 心臓だけが騒がしい。


 Synaptic Driveのオフィスのドアを押し開けた瞬間、部屋の空気が別物になる。

 ユージと綾音と社長が、待っていた。

 待っていたというより、嫌な予感の形で、そこにいた。


「ご、ごめんなさい。

 とんでもないことになっちゃいました……!」


 涙声と悲鳴の中間の声。

 懺悔室。

 全ての行いの告白。

 けんたろうはカフェで起きたことを、順序も体裁もなく吐き出した。

 めぐみが自分の正体に勘づいていたこと。

 腕を掴まれたこと。

 引き離せないまま、長い時間を一緒に過ごしてしまったこと。


 ユージが、いつもの調子で口の端を上げた。

「おうおう。

 お前、モテモテだな〜。

 羨ましいぜ」


 軽口。

 けれど、その笑いはどこか乾いている。

 火種のそばで冗談を言う癖が、彼の不安を隠しているのだと分かる。


 綾音が即座に言葉をぶつけた。


「ユージくん。

 そんな問題じゃないでしょー!」


 額に手を当て、深く息をつく。

 綾音のため息は、叱責というより計算の音だった。

 ここから先に起こることを、頭の中で全部並べている。

 秘密のままの関係。

 顔を出さないユニット。

 高校生の作曲家。

 どれか一つでも崩れたら、連鎖で落ちる。


「本当にごめんなさい……」


 けんたろうは頭を垂れる。


「僕がもっと気をつけないと……」


 社長は椅子に深く座ったまま、視線だけを上げた。

 その冷静さが、逆に怖い。


「いや、けんたろう。

 これは不可抗力だろう」


 社長は言葉を切り、短い沈黙を挟む。


「……ただ。

 誰にも悟られていなければいいがな」


 部屋に祈るような沈黙。

 ユージの笑みが薄くなり、綾音の指が机の縁を掴む。

 けんたろうは、祈る以外の方法を思いつけない。

 短い接触だ。

 あれだけで全部が露見するはずがない。

 そう思い込むしかない。


 数日後。

 祈りは、紙に裂かれた。


 コンビニの雑誌棚。

 駅の売店。

 生活の匂いがする場所に、派手な色と大きな文字が並ぶ。

 その真ん中に、見覚えのある笑顔があった。

 そして、その隣に、見覚えのある少年が立っていた。


『Dream Jumps めぐみ、謎の少年とカフェ密会スクープ!清純派アイドルに熱愛発覚か!?〗


 見出しは刃物みたいに正確で、容赦がない。

 写真の中の自分は、ただ困った顔をしているだけなのに、罪人みたいに見えた。


 Rogue Soundの空気が、ざわつく。

 と言っても、ざわつきの音を出す人間が少ない。

 この事務所の社員は、実質、綾音ひとりだ。

 大混乱の代わりに、重い沈黙が落ちる。


 一方で、めぐみの所属する側は地獄だった。

 電話が鳴りっぱなし。

 問い合わせの波。

 スタッフの声が重なり、足音が走り、誰かが怒鳴る。


「どういうことだ。この男の子は誰なんだ!」

「めぐみに問いただせ。緊急事態だぞ!」


 騒ぎが大きいほど、けんたろうは小さくなる。

 胸の奥が、硬く縮む。


 綾音は週刊誌を睨み、歯を食いしばったまま小さく息を吐いた。

 そして、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。


「よかった……」

 声が、ほとんど祈りの形になる。

「まさか、けんたろうくんがSynaptic Driveのけんたろうだとは、誰も思ってない」


 救いがあるとすれば、それだけだった。

 記事を読んだ誰もが、写真の少年を「同じ年頃の普通の子」として眺めている。

 人気急上昇中のユニットの中枢だとは思わない。

 数々の曲を生む手だとは思わない。

 世間の想像力は、そこまで届かない。


 しかし、別の地獄が始まる。


 ネットが燃えた。

 火は速い。

 正しさより速い。

 残酷なほど。


「めぐみちゃん、マジかよ」

「清純派キャラはどこ行った」

「相手の少年、誰」

「一般人なら守れ」

「彼氏ならファンやめる」


 画面の向こうの言葉が、数え切れない指で叩かれて増殖していく。

 誰もが「謎の少年」を語りたがる。

 けれど、誰も彼の本当の名を呼べない。

 知る者が、少なすぎるからだ。


 このスキャンダルは、Dream Jumpsの光に影を落とした。

 そして、影は静かに伸びる。

 けんたろうの日常にも、気づかないふりができない波紋として、じわじわと近づいてきていた。

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