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vol.69 まさかのスクープ!?忍び寄る影

「ちょっと、めぐみちゃん!

 トップアイドルがそんなこと言っちゃダメだよ!」


 けんたろうの声が少し上ずる。

 むなしく響く。

 焦りは、静かなカフェの壁に吸い込まれていく。

 冗談で済ませられる距離じゃない。

 目の前の笑顔が、妙にまっすぐだったからだ。


「私は本気ですよ?」


 めぐみはきょとんと首を傾げる。

 その瞳には一点の曇りもない。

 真っ直ぐすぎる。

 めまいがする。


「やめてよ……もう……」


 うめき声。

 弱音。

 けんたろうは自分で自分の声に驚いた。

 何もできず。

 ワンサイドゲーム。


「だって〜。

 あんなすごい音楽を作る人が、こんなにかわいいんだもん。

 私、好きになっちゃった♪」


 花が咲く。

 笑顔。

 トップアイドルの直球ど真ん中。

 剛速球。

 メジャーリーガー真っ青。

 ミットが破れる。

 手首が折れる。


 嬉しい。

 そう思ってしまう自分がいる。

 男として、その感情がないと言えば嘘になる。

 その瞬間、同じだけ背中が冷える。

 身体の芯から、一気に冷える。

 可愛い告白が、爆弾の起爆スイッチに聞こえる。


 状況を変えなければ。

 けんたろうは息を整える。

 崩れそうな表情筋を総動員して冷静さを作る。


「とにかく、曲の提供とかは簡単じゃないの!

 会社のこともあるでしょ

 それに、一条さんも待たせてるんだから」


 言った瞬間に、しまったと思う。

 名前が余計だ。

 火に油。


「え〜!

 一条さんって、あの一条零さんのこと?

 なんでけんたろうさんが一条さんの曲作るの?

 まさか、他にもいっぱい作ってるの?」


 めぐみが身を乗り出す。

 言葉が早い。

 瞳が光る。

 好意が、追及の形をして襲ってくる。


「いや、違うんだ。

 えっと……その……」


 言い訳の糸が絡まる。

 めぐみはその糸を、嬉しそうに指で引いた。


「もしかして、私以外にも、けんたろうさんの曲を歌いたい人がいっぱいいるってこと!?

 やだぁ、もう。

 人気者なんだから!」


 困るべきところで喜ぶ。

 そういうタイプだ。

 理屈が、通じない。

 けんたろうは対応の正解を見失う。

 言葉が出ない。


 その沈黙を、めぐみは肯定だと思ったのかもしれない。

 次の瞬間、腕に熱が絡んだ。


 ぎゅっ。


 めぐみが、けんたろうの腕に抱きついていた。

 窓際の席が急に狭くなる。

 ガラスの向こうの街の気配まで、こちらを覗き込む気がした。


「ねぇ、いいでしょ?

 私、どうしても、けんたろうさんの曲が歌いたいんだもん!」


 けんたろうの体が、電流みたいに強張った。

 視線が店内を走る。

 人目。

 スマホ。

 噂。

 悪い未来だけが、速度を上げる。


「めぐみちゃん。

 これは本当にまずいんだ……」


 けんたろうは抱きつく肩をそっと押し、距離を作ろうとした。

 力任せにはできない。

 相手はアイドルで、しかも本気の顔をしている。


「今の状況が変わったら、僕は音楽を続けられなくなる。

 僕一人の問題じゃないんだ」


 言いかけて、喉の奥で言葉が止まる。

 言えない。

 名前も組織も事情も。

 それでも、伝えなきゃいけない。


「大切な人たちが関わってる。

 詳しくは言えないけど……これは、守らないといけないんだ。

 だから、分かってほしい」


 その声には、いつになく硬い芯があった。

 ふざけた調子は消え、少年の顔から、音を守る人間の顔がのぞく。


 めぐみは、そこで初めて黙った。

 けんたろうの瞳の奥にある光を見て、軽く踏み込んでいい場所じゃないと悟ったのだろう。

 少しだけ寂しそうに唇を結び、ゆっくり顔を離す。


「……そっか。

 けんたろうさんの、そんな大事なことなんだね。

 分かった。

 今日は、引くよ」


 不満は残っている。

 でも、引くと決めた声だった。


 けんたろうは胸の奥で息をついた。

 助かった。

 この場は、なんとか――。


 そう思った、その時。


 店内の片隅に、スマホを構える客がいた。

 観葉植物の陰で、画面の小さな光がこちらを向いている。

 ひそひそとした声が漏れた。


「あれ……Dream Jumpsのめぐみちゃんじゃないか……?

 隣の男の子、誰だ……?」


 カシャ。


 静かなカフェに、乾いた一撃が落ちる。

 それは単なるシャッター音じゃない。

 彼らの平穏な日常を切り裂く、処刑の合図。


 からん、と氷がもう一度鳴った。

 二人の知らぬ間に、画像データという名の爆弾が生成される。

 さっきまで守れていたはずのものが、もう自分の手の中にないことを、二人はまだ知らない。

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