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vol.59 名もない指先が夜を裂く

 運命の夜。


 大型音楽番組『ミュージックコネクト』。

 控室の空気は、湿った緊張と甘い期待が入り混じって、肌にまとわりつく。

 けんたろうは今夜も姿を見せない。

 シルエットの先の謎のプロデューサーとして、指先だけで戦う覚悟を決めていた。

 マネージャーの綾音は、いつもより唇を強く結んでいる。

 ユージは、逆にいつも通り――不敵に笑っている。


 リハーサルを終えた直後、社長が現れた。


「全部、段取り通りだ」


 低く、短く告げる。


「顔を出さない。

 だが、お前の指先だけにスポットを当てる。

 音楽で想いをぶつけろ。

 ユージ――あとは頼むぞ」


 ユージが拳を握りしめ、ニヤリと笑った。


「今夜は豪華客船・・・タイタニック号に乗ったつもりでいてくださいよっ!」


「いや、それ沈むだろ・・・」


 社長が呆れたように肩を落とす。

 けれど、そのやり取りが空気を少しだけ柔らかくした。

 ユージはどんな時も明るい。

 それが、このチームの心臓。

 綾音がそっと、けんたろうに近づく。


「大丈夫。

 けんたろうくんなら、できるよ」


 微笑みが、静かに彼の背中を押す。


 ♪ ♪ ♪


 大型音楽番組『ミュージックコネクト』。

 Dream Jumpsの五人は、ステージ袖で円陣を組んでいた。

 めぐみの掛け声に、りお、もも、あい、ゆずが応える。

 いつもの儀式。

 いつもの笑顔。


「私たちの夢、届けよう!」


 照明が彼女たちを包み込む。


 キラキラとしたイントロ。

 弾けるようなダンス。

 完璧なフォーメーション。

 溢れる笑顔。

 波のように押し寄せる観客の歓声。

 ペンライトの海が揺れる。

 会場の温度が一気に上がる。


 ももは笑顔のまま思った。

 ――ああ、これが私たちの居場所だ。


 りおは客席の熱狂を全身で受け止めながら、心の中でガッツポーズを決める。

 あいは音楽に身を委ね、ゆずは完璧なステップを刻む。

 めぐみは誰よりも高く手を振り上げた。


 最高のステージ。


 曲が終わり、五人が息を切らしながら手を振る。

 歓声が止まらない。


「ありがとうございました!」


 めぐみの声が会場に響く。

 拍手喝采の中、彼女たちは袖へと戻った。


 ♪ ♪ ♪


 楽屋に戻った瞬間、五人は抱き合って喜びを爆発させた。


「最高だった!」


「お客さん、めっちゃ盛り上がってたよね!」


 汗を拭いながら、笑い合う。

 マネージャーが「お疲れ様」と声をかけてくれる。

 ペットボトルの水を一気に飲み干して、ももが「喉カラカラ~」と笑った。


 その時、楽屋のモニターに次の出演者の映像が映し出された。


『Synaptic Drive』


「あ、あの人たちだ」


 ももがストローを咥えたまま、ぼんやりと画面を指差す。

 顔を出さない謎のユニット。

 色物扱いしていたわけじゃないけれど、どこか別の世界の住人だと思っていた。

 私たちは光の中で生きているけれど、彼らは影の中にいる。


 画面の中のステージが暗転した。

 真っ暗だ。

 事故かと思うほどの闇。


「……なに?トラブル?」


 りおが訝しげに眉をひそめた、その時だった。


 ズドン、と腹の底に響くような重低音が、楽屋のスピーカー越しに空気を震わせた。

 楽屋のスピーカーなのに、音が「質量」を持って襲いかかってくる。

 激しいユーロビート。

 闇の中に浮かび上がったのは、顔でも、派手な衣装でもない。

 白く細い、指先だけ。


「え……?」


 誰かの呟きが、部屋に落ちる。

 理解が追いつかない。

 アイドルにとって、表情は命だ。

 目線一つ、口角の上げ方一つでファンを魅了する。

 それが私たちの戦い方。

 なのに、あの男は「指」しか見せない。

 それなのに、どうしてこんなに目が離せないの?


 疾走する鍵盤の音。

 それは演奏というより、何か切実な叫び声のように聞こえた。


 ボーカルの男――ユージの声が割れる。


 タイトルを叫ぶ。

 『NEVERLAND』。


 浮遊感のあるメロディが広がる。

 客席が立つ。

 画面越しの客席が波打つのが見える。

 立ち上がる速度が早い。

 こちらが準備して時間をかけて温める総立ちとは違う。

 誰かが先に立ち、周りがそれに引っ張られ、気づけば波が全面になる。

 さっきまで私たちに向けて振られていたペンライトが、今は彼らのために、まるで荒れ狂う海のように揺れている。


 楽屋の空気は凍りついている。

 誰も口をきかない。

 いや、きけない。


『I WANNA BE YOUR SUPERHERO』。

 胸が締め付けられるように痛い。

 哀愁が、ふいに差し込む。

 私たちは「元気」「可愛い」「大丈夫」で戦ってきた。

 それが武器。

 でも、哀しさは?

 哀しさは、どうしてこんなに強いの?」


 続く『KISS BABY』では、赤い照明が画面を焼き尽くす。

 その中心で、あの指先だけが踊り狂っている。

 顔も見えない誰かの指が、数千人の感情を支配している。


 そんなことがありえるの?

 私たちが全身全霊で作り上げた「キラキラした夢」が、たった十本の指に押し流されていく。


 りおが、悔しそうに両手を握りしめているのが視界の端に入った。

 爪が食い込んで白くなっている。

 ももは、圧倒されて涙ぐんでいた。


「すごい……なにこれ、怖いよ……」


 あいは、人形のように動かない。

 ただただ、画面の中の魔法に吸い寄せられている。


 そして、ゆず。

 彼女だけは違った。

 わずかに唇を噛み、その瞳をギラギラと光らせていた。


「指先だけで、あんなに……」


 その声は震えていたけれど、恐怖じゃない。

 それは、本物を目の当たりにした時の、純粋な嫉妬と渇望。


 演奏の合間、ユージが叫んだ。


「俺たちが、本物の音楽の夢を見せてやる!」


 ドッと湧く歓声。

 その熱量は、明らかに私たちの時とは質が違う。

 私たちのステージが、急にアトラクションみたいに思えてしまった。

 SNSの実況タイムラインが、ものすごい速さで流れていく。

 「指先カット」

 「神回確定」

 「新時代だ」

 文字の羅列が、私たちの敗北を突きつける。


 楽屋の静寂が痛い。

 自分たちが信じて掲げてきた「夢」が、音楽の本物の魂の前で揺らいでいくような感覚。

 ガラガラと足元が崩れていくような不安。


 でも。

「……負けない」

 沈黙を破ったのは、めぐみだった。

 彼女は呆然と開けていた口を引き結び、まっすぐに画面を睨み返した。


「すごいよ、あれは。

 ……でも、私たちだって!

 私たちだって、本気で夢を見せたいんだから!」


 強がりかもしれない。

 それでも、リーダーの言葉に全員が顔を上げた。

 画面の中では、まだSynaptic Driveの演奏が続いている。

 音楽が、言葉も顔も超えて――指先を通して世界に伝播していく。

 その「新しい伝説の夜」を、私たちは一番特等席で、唇を噛み締めながら見届けていた。

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