表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/198

vol.57 女子会に飛び込んだ僕と、お好み焼き大戦

 その日の夜。

 スマホが震えた。

 けいとさんからのメッセージ。


「今夜はうちで昨日の打ち上げ。けんたろうちゃんも顔出しなさい」


 命令形の招待状。

 彼女らしい。

 みんなにからかわれる未来しか見えない。


 行けばからかわれる。

 分かってる。

 分かってるのに。

 それでも、僕は靴紐を結んでいた。

 理屈じゃない。

 ただ、会いたいから―――


 合鍵を差し込む。

 音が出ないように慎重に。

 ドアが少し開いた瞬間、リビングの熱が流れ出す。

 女の子の笑い声。

 テレビの音。


「だからさー、昨日のDream Jumpsの照明、あれヤバかったよね!

 金かかってんなーって感じ!」


「でも、うちらの演出のほうが絶対エモかったって!」


 大きなクッションに沈み込み、スナック菓子片手に録画チェック。

 ステージの上のカリスマ性はどこへやら。

 そこにあるのは、だらけた女子たちの巣窟。

 夢と現実が同じ部屋にいる。


「あれ!?

 けんたろうちゃん!

 噂をすれば!」


 あやさんが真っ先に気づく。

 そして、ニヤニヤしながら手招きする。

 逃げ道を塞ぐ手招き。


「けんたろうちゃん、いらっしゃーい!」


 こはるちゃんが笑って手を振る。

 さやかさんは、笑顔を少しだけ深くして言う。


「お疲れ様です」


 かおりさんは、ちらりとこっちを見て、口角だけ上げた。

 言葉はないのに「よく来たね」が聞こえる。


「ちょっとけんたろうちゃん、けいとに会いに来たの?

 昨日の今日でラブラブだねぇ!」


 ひなちゃんが小悪魔の顔で、僕の脇腹をつつく。

 けいとさんはため息をつきながら、僕のためにソファの端を空けてくれた。


「もう、遅いわよ。

 ちょうどお腹が空いたところなんだから」


 叱る声。

 ゆるむ口元。

 目だけが優しい。


「あー、腹減った~!

 けいと、なんか作って〜!」


 駄々をこねるひなちゃん。

 けいとさんの眉間がきゅっと寄る。


「急に言われても材料なんてないわよ……

 お好み焼きくらいしかできないわよ!」


「お好み焼き!

 最高かよ!」


 あやさんがガッツポーズをした瞬間、さやかさんが音もなく立ち上がる。


「キャベツと卵はあります。

 豚肉も冷凍ですが。

 あとは……」


「それで十分よ。

 さやか、助かるわ」


 キッチンへ向かう背中が二つ。

 Midnight Verdictのお母さんコンビの背中は頼もしい。


 その間、リビングではスマホの光がぱちぱち瞬く。


「見て見て!

 ザッツ小泉の新しい動画、もう100万再生いきそう!」


「うわ、セブ直山も私たちのこと『孤高の渦』とか言ってるし!

 ウケる!」


 自分たちの評判を笑いながら確認しているのが、なんだか強い。

 強いのに、等身大だ。


 こはるちゃんが僕の隣に座り、声をひそめた。


「けんたろうちゃん、昨日の歌詞、本当に感動したね。

 けいとちゃん、ずっと悩んでたから……。

 来てくれて、本当に良かった」


 その言葉が、じわりと胸に沁みる。

 ここはバンドで、家族で、たぶん戦友なんだ。


「できたわよー!」


 けいとさんの号令。

 全員の体が一斉に起き上がる。

 テーブルの中心に鉄板。

 ジュウウウッ。

 ソースの匂いがいきなり部屋を支配する。


「よし、まずは私が!」


 一番手はあやさん。

 ヘラの返しが無駄なく速い。

 まるでステージのリズムのまま、粉とキャベツを操っている。

 裏返った面が美しい。


「次、けんたろうちゃん。

 あんたも手伝いなさい」


 けいとさんにヘラを渡され、僕はなぜか勝てる気がしてしまう。

 せーの、えいっ!


 ……べちゃ。


 鉄板の上には、無残に崩壊したキャベツの残骸。


「あ……」


 僕が固まっていると、けいとさんが大きくため息をつく。

 でも手は優しい。


「もう……仕方ないわねぇ」


 手際よく残骸を集め、整形していく。


「……これはこれでモダンアートよ」


 訳の分からない慰めを言ってるけど、僕にだけ甘いの、絶対バレてる。


「次は私!

 ひなたマジック見せてあげる!」


 ひなちゃんが胸を張る。

 そして僕と同じ角度、同じ勢い、同じ未来。

 掛け声とともに、ターン!


 ……べちゃ。


 第二のモダンアートが爆誕。


「あああああ!

 なにやってんのよ、この役立たず!!」


 さっきの甘さはどこへやら。

 けいとさんの雷が落ちる。


「ちょっとー!

 差別すごくない!?

 けんたろうちゃんにはデレデレのくせに、私には鬼!?」


 ひなちゃんが抗議すると、あやさんが腹を抱えて笑う。


「これってアレじゃん?

 姉さん女房ってやつ!」


「ぶっ!!」


 かおりさんが、飲んでいたコーラを盛大に噴いた。

 炭酸の霧が舞う。

 全員の視線が一点に集まる。

 いつもクールなかおりさんは、顔を真っ赤にして口元を拭き、短く言う。


「……ツボった」


 その一言がさらに火種になって、リビングは今日いちばんの大爆笑に包まれた。

 けいとさんは耳まで赤くして叫ぶ。


「な、なに言ってるのよ!」


 ステージの上では、あんなに冷たいほど綺麗な女王なのに。

 ここではただ、仲のいい女の子たち。

 そして僕は、その輪の中に、なぜか混ざっている。


 ソースの香り。

 鉄板の熱。

 笑い声。

 世界は騒がしい。

 だけど、ここだけは静かであたたかい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ