vol.53 太陽と女王
土曜の夜。
リビングの明かりは落として、テレビの青白い光だけ。
画面の中のスタジオが、こちらの部屋の空気まで塗り替える。
僕はリモコンを握ったまま、息を大きく吸った。
国民的音楽番組『ミュージックウェーブ』。
いつも賑やかで、いつも騒がしい。
なのに今夜だけは、祭りの前というより、決戦の前みたいに見える。
デビュー直後からチャートを蹂躙している大型新人『Dream Jumps』。
そして、沈黙を破って新曲を持ってくる『Midnight Verdict』。
ポケットの中で、スマホが小さく震えた。
佐藤梓だ。
『あー、もう始まる!
心臓もたない!』
文字なのに、声が聞こえる。
梓はけいとさんの大ファン。
好きという感情の温度がいつも沸点。
たまにこっちが火傷しそうになる。
『最近、Midnight Verdictの新曲、全然出てなかったし……
Synaptic Driveも一条零さんもすごい勢いだし……
大丈夫かな……』
不安が、文からにじむ。
それは僕の胸の奥にも、ずっと。
宣戦布告。
破竹の勢い。
台頭。
言葉にすると軽いのに、現実は重い。
胸から胃まで重い。
CMが明ける。
司会者・ゴリマッチョ岡田が、わざとらしいほどのハイテンションで叫ぶ。
「さあ、今夜のトップバッターはこの子たちだ!
日本中を太陽の笑顔で照らす、Dream Jumps!」
地鳴りのような歓声。
ムービングライトが走る。
色が走る。
テレビ越しでも刺さる。
光が光を追い越して、センターのめぐみをとらえる。
始まった新曲のタイトルは『サンシャイン・プロミス!』。
センターのめぐみが、太陽のような笑顔で歌い出す。
僕の想像なんてちっぽけだった。
完成品のパフォーマンス。
照明が踊る。
いや、踊らされる。
光がビートに噛みつく。
色を変える。
形が変わる。
ステージが昼になる。
「キミと私の未来はいつも晴れ模様!
どんな曇り空も吹き飛ばすよ!」
ドーム級の轟音が、テレビの薄いスピーカーを限界まで震わせる。
ドラムのキックが心臓を直接殴りつけてくる。
ベースが唸る。
これはアイドルの伴奏じゃない。
歴戦のロックバンドだけが出せる、厚みのある殺気。
五つの影が交錯したかと思えば、瞬きする間に美しい円陣へと姿を変える。
一糸乱れぬダンス。
指先の角度ひとつ、髪の揺れ方ひとつに至るまで計算され尽くした、人工的なまでの完璧さ。
「約束だよ!
100万回の『好き』を届けに行くから!」
サビで炸裂する完璧なコーラスワーク。
ももさんの力強い主旋律。
ゆずさんとあいさんのキュートな高音。
りおさんのクールな低音が見事に重なり合う。
一切のズレも揺らぎもない、完璧なハーモニー。
ただのアイドルじゃない。
最高のクリエイター陣。
巨額の資金。
才能と努力。
磨き上げられた眩しさが目に残る。
逃げ場のない、完成品。
曲が終わり、ステージが暗転する。
暗くなっただけ。
しかし、空気が変わる。
眩しさのあとに来る闇は、ただの黒じゃない。
音の余韻が沈んで、心拍の音が浮く。
スモークの向こうから、Midnight Verdictの六人。
その中心、絶対的な重力を放つ一点に……
けいとさん。
漆黒のドレスは、夜そのものをまとう。
スポットライトが彼女を捉える。
黒髪が濡れたような艶めきを放つ。
カメラ越しに目が合った瞬間、僕は震えた。
かつての迷いも、焦燥もない。
あるのは研ぎ澄まされた光。
女王のオーラ。
そう言うと安っぽいのに、他の言葉が思いつかない。
彼女は、立っているだけで決着を予告する。
あやさんは挑むような鋭い視線を客席に向ける。
さやかさんは秘めた情熱でドラムを見つめる。
メンバー全員が、一段と覚悟を決めた表情をしていた。
けいとさんは、パフォーマンスの合間にちらりと舞台袖に視線を送った。
僕にはその一瞬が見えた気がした。
その視線の先――Dream Jumps。
まるで「あなたたちの挑戦、受けてあげる」とでも言いたげな、絶対女王の余裕。
この夜、日本の音楽シーンに、二つの光が並んだ。
希望の太陽。
揺るがない真夜中。
ぶつかり合うのは、どちらが強いかの話だけじゃない。
どちらが未来を引き受けるかの話だ。




