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vol.50 けいと、復調――Midnight Verdict、再び

 Midnight Verdictの輪に、久しぶりの本来の雰囲気が戻る。

 野川公園でのけんたろうとの再会を経た、けいと。

 一行はメンバーの待つ、あやのマンションへ戻った。

 頬に残る冷たさが、まだ消えない。

 心という楽譜に書き込まれていた暗い音符たちが、一つずつ明るい調べに書き換えられていくように、けいとの周りの空気まで軽やかに変化する。


「けいとちゃん、顔色良くなったね!

 よかったぁ〜」


 こはるが、自分のことのように手を叩いて喜んだ。

 屈託のない笑顔は、部屋の隅々まで光を届く。


「あんたが元気じゃないと、私たちもダメなんだから!」


 あやがけいとの肩を抱く。

 長く抱えていた心配という重荷を降ろすように、息を吐く。

 けいとは小さく微笑んだ。


「けいとちゃんが戻ってきてくれて、嬉しい」


 さやかが手を握る。

 指先の温度が、言葉より先に届く。

 かおりは多くを語らない。

 ただ、けいとが鍵盤の前に座るのを見て、視線を落とし、目を閉じる。

 音が生まれる瞬間を、静かに待つようだ。


 ひなたが勢いよく飛びつく。


「もうこれでスランプ終わりでしょ?

 ねえ、ご飯いこうよ!」


 けいとは、今度は逃げずに笑みを返す。

 みんなの声が、胸の奥でちゃんと鳴る。

 頷ける自分。


 けいとの指が、鍵盤の上に置かれる。

 その瞬間、世界の色が変わる。

 迷いを捨て去った指先。

 以前よりも強く、それでいて泣きたくなるほど優しい旋律。

 内側から湧き上がる情熱。

 音の粒。

 空間が震える。


「この音だよ!」


 あやとさやかが、すぐに演奏で応じる。


「ああ、本当にすごいね、けいとちゃん!」


 こはるの瞳が輝き、ひなたが踊りだす。

 かおりも、静かにうなずく。


 言葉はいらない。

 音が重なり合う歓び。

 それだけで、彼女たちは再び「Midnight Verdict」になったのだ。


 ♪ ♪ ♪


 メンバーはいつものファミリーレストランへ流れた。

 ドリンクバーの氷がからんと鳴り、グラスの水滴が光る。

 疲労と高揚が、同じテーブルの上で混ざり合っていた。


 その時、ひなたがスマホを覗き込みながら声を上げた。


「ねえ、みんなこれ見て!

 有名な音楽サイトのコラムで、すごい新人が特集されてる!」


 テーブルの中央に置かれた画面。

 権威ある音楽ウェブメディアの見出し。

 筆者名の横に、肩書が添えられている。


【コラム:王道の逆襲か? 『Dream Jumps』が示すポップスの未来】

 文・佐野美月(西東京音楽大学准教授)


『近年の音楽シーンの主役は、SNSから生まれる「偶然のヒット」だった。

 だが、大手芸能事務所がプロデューサー・春本氏と組んで送り出す『Dream Jumps』は、その流れに真っ向から「待った」をかける存在だ。


 彼女たちの音楽は、ヒットの法則を知り尽くした春本氏による、いわば「完璧な設計図」に基づいて作られている。

 誰もが口ずさめるメロディ。

 心が高鳴るリズム。

 それは感性だけでなく、計算によって大衆の心を掴みにきている。


 加えて、デビュー前からメディアを総動員する圧倒的な物量作戦。

 これはもはや音楽を「聴かせる」のではなく、社会的な「現象」として人々の生活に刷り込む戦略と言える。


 この計算され尽くした「太陽」のようなポップスが、これから音楽シーンを席巻するだろう。

 そうなった時、個人の痛みや葛藤から生まれる、いわば「真夜中」の音楽――独自の道を行くアーティストたちは、どう立ち向かうのか。

 彼女たちの存在は、私たちに音楽の未来を問うている』


 記事に添えられた動画では、太陽のような笑顔を振りまく少女たちが、きらびやかな衣装で完璧に揃ったダンスを披露している。


「わー、すごい!キラキラしてるねー!」


 こはるが素直に目を輝かせる。


「……ヒットの設計図、ね。

 ムカつく言い方しやがる」


 あやが氷の欠片を落とすような冷たい声で呟く。

 さやかも不安を飲み込むようにゴクリと喉を鳴らす。

 春本という名前に加え、記事の冷静な分析が、事の重大さを静かに物語る。


 圧倒的な資本力。

 計算され尽くした戦略。

 そして、一点の曇りもない「光」。

 それは、自分たちが血と汗で這い上がってきた道筋とはあまりに異なる世界の景色。


 かおりは画面を見つめたまま、感情を動かさずに情報だけを拾っているようだった。

 冷静さが、逆に不気味なくらいだ。


 そして、けいとは――。

 ライバルへの嫉妬や恐怖よりも先に、スマホから流れてくる『Dream Jumps』の音楽そのものに、静かに耳を傾けていた。


 自分たちの「真夜中」の音楽。

 正反対の「太陽」の音楽。

 新たな嵐はすぐそこに。

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