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vol.49 再会

 夜の野川公園は、しんと息をひそめていた。

 遠くを走り去る車の走行音だけが、ここが現実の続きであることを告げる細い糸のように響く。

 僕とけいとさん。

 数歩。

 たったそれだけの距離。

 向き合っているのに、近づき方が分からない。

 視線の置き場も、息の仕方も。


 ふいに、あやさんが声を落とす。


「けいと、ずっとけんたろうちゃんを…」


 ユージが明るい声で遮る。


「ははっ、けんたろうもだよな」


 さやかさんも


「ふふ…」


 と困ったように笑う。


 重たく固まった空気を、どうにかほぐそうとしてくれている。

 それが痛いほど伝わる。


 僕はただ、けいとさんを見るしかできない。

 潤んだ瞳。

 街灯。

 光を拾って、揺れる。

 泣く寸前の水面。

 胸がきしむ。


 視界の端で、ユージが二人に目配せをする。

 三人は無言の楽譜を読み取り、音もなく公園の入口へ。


 二人きり。

 また沈黙。


 先に口を開いたのは、けいとさんだった。


「けんたろう…ちゃん…」


 硝子細工のように震える、か細い声。

 かろうじて夜風に乗って届く。


 言葉が出てこない。

 言葉は喉の手前でつかえる。


「どこから話せば…」


 そのとき、けいとさんが顔を伏せて、ぽつり。


「……ごめんね」


 たったそれだけ。

 何かが切れる。

 堪えていたものが一気に溢れる。

 視界が滲む。

 夜の輪郭が、ぐにゃりと揺れる。


 気づけば、けいとさんに抱きついていた。


「けいとさんっ……会いたかったよ……!」


 嗚咽が漏れる。

 声が崩れる。

 みっともないくらい。


 しばらくして、けいとさんの腕が僕の背中に回る。

 ぎゅっと、確かめるみたいに。

 体温の強さが、答えだった。


「私はね……

 けんたろうちゃんを失いたくなかったから――来たんだよ」


 耳元で囁かれた言葉に、また新しい涙。


 しばらくして、僕たちはベンチに並んで腰を下ろした。

 言葉は一度に出てこない。

 ぽつり、ぽつり。

 これまでのこと、互いに抱えていた不安を、夜の空気に手渡していく。

 夜の冷たい空気が、火照った頬に心地よかった。


 やがて、けいとさんが月明かりの下で、僕に顔を寄せる。


「けんたろうちゃん、今でも…私のこと、好き?」


 言葉よりも先にうなずく。

 喉が熱い。


「昔さ、似たようなこと、あったよね」


 けいとさんの言葉に、記憶の扉が開く。

 そうだ、あの時。

 初めての―――


「次に、何があった?」


 いたずらっぽく笑う彼女。

 顔が燃えるように熱くなるのが分かった。


「……けいとさんが、チューした……」


「当たり」


 くす、と笑ってから、指先で僕の頬に触れる。

 そして――重なる唇。

 とても懐かしくて、あのころより少しだけ、知らない味がした。

 甘くて、ちょっと酸っぱい。


 唇をはなして、けいとさんが、からかうみたいにささやく。


「もう行かなくちゃね、スーパープロデューサー様」


 そっと、僕の頬を撫でた。



「次の私の曲、ちゃんと聴いてて」



「おーい、そろそろ行かねえと、明日みんなで寝坊すんぞー」


 遠くからユージたちの声がして、三人が戻ってきた。

 僕たちの顔を見て、どこかホッとしたような表情を浮かべている。


「けいと、もう平気?」


 あやさんの問いに、けいとさんは小さく頷く。


「うん…。

 ありがとう、二人とも」


「けんたろうちゃんも、ちゃんと支えてあげてね」


 さやかさんの優しい声に、僕は「うん!」と力強く頷いた。


 ユージが僕の肩をバンと叩く。


「ま、お互い大変だろうが、しっかりやれよ」


「ユージも、本当にありがとう」


 あやさんが言うと、ユージは「おうよ」と照れくさそうに頭を掻いた。


「ていうか、けんたろうちゃん。

 最近また変なことしてないでしょうね?」


 ひなたちゃんが乗り移ったみたいにあやさんがからかうと、すかさずユージが


「こいつは俺がいねえと何にもできねえんだから」


 と被せる。


「そんなことないよっ!」


「お前ら、ほんっとバカップルだなあ!」


 みんなの笑い声が、夜の公園に響く。

 短い時間だった。こうして顔を合わせて、いつものように軽口を叩き合う時間が、乾いた心を温かく満たす。

 ふと見たけいとさんの横顔に、見慣れた強さが戻ってきている気がした。


 車に乗りこむ。

 また、別々の道へ。

 でも、けいとさんの言葉が耳に残る。


「次の私の曲、しっかり聴いてね」


 エンジンがかかる。

 これからまた、何かが始まる。

 そんな気がした。

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