vol.46 指先の迷いと心の叫び
音楽チャートの頂。
二つの名前。
——Synaptic Driveと一条零。
彼らの才能が爆発し、夏の空気を震わせる。
Midnight Verdictもその波に乗り、チャート上位に食い込む。
だが話題の中心は、あの三日間のゲリラプロモーション。
世界は、Synaptic Driveという熱病に冒されていた。
街を歩けば、どこからかあのイントロが聴こえてくる。
スマホを開けば、「2兆」という数字が踊っている。
ネットの海は、情報の濁流。
「一条零の『I KNOW』とSynaptic Driveの『I WANNA BE YOUR SUPERHERO』、どっちもアツすぎる!今年の夏ソングはこれで決まり!」
「いやいや、渋谷のNEVERLANDだって熱いぞ!」
「けんたろうって何者?一条零の歌唱力もやばいし、二人は音楽の中心だろ」
「ユージの2兆曲発言!今日から私も2兆曲聴く!」
「シルエットけんたろうの正体、誰か早く暴いてくれ!」
「零のラブコール熱すぎ!けんたろうにベタ惚れすぎてほほえましい(笑)」
そんな中で、
「Synaptic DriveのけんたろうとMidnight Verdictのけいとさん、二人ともユーロビートバンドのキーボードで作曲してるし何かあるんじゃ……?」
といった憶測も、わずかながら広がり始めていた。
画面の向こうでは、もう何度も見たはずの自分たちのMVが流れている。
それなのに、他人の活躍を眺めているような、妙な遠さがあった。
皮肉なことに、今いちばん僕の音楽や想いを、ダイレクトに理解して追いかけてくれるのは――
世間で騒がれている一条零のほうだった。
零は、僕の曲や、そこに込めた想いを、いつもほとんど完璧に言葉にしてみせる。
ステージ上でも、インタビューでも。
まるでもう一人の僕のように、僕の音楽の「意味」や「痛み」まで拾い上げ、熱心に追ってきてくれる。
けれど――僕が一番「分かってほしい」のは、けいとさん、ただ一人なのに。
そのけいとさんとは、今、どこまでも遠く離れている気がしてならなかった。
♪ ♪ ♪
Midnight Verdictのマンション。
リビングのテーブルには、開きっぱなしの楽譜と、冷めたコーヒーのカップ。
窓から差し込む橙色の光の中で、けいとの指が止まっていた。
キーボードの鍵盤は冷たく、無表情。
いつもならば自然に流れ出す音符が、 今は凍りついたように動かない。
―――音が出てこない―――
キーボードをタッチする指は滑らない。
集中しても新しいメロディは頭に浮かばない。
一条零とのTV共演。チャートでの敗北。
それ以上に、恋人であるけんたろうへの募る思いが、 けいとの心を締め付ける。
そんな重苦しい空気の中、リビングにメンバーが集まっていた。
「けいと、このままじゃダメになるよ。
けんたろうちゃんに会いに行こうよ」
身を乗り出すあや。
声が震えている。
「いや、今はぐっと耐えるべきよ。
動揺してる時に会いに行っても、余計こじれるかもしれない」
視線を落としたまま。
低い声で遮るさやか。
「今さら会いにいくなんて、けんたろうちゃんにずるいって思われないかな……」
と複雑な気持ちを口にするひなた。
沈黙。
リビングの時計だけが、冷淡に時を刻む。
その時。
それまで腕を組んで壁に寄りかかっていたベースのかおりが、ふいに口を開いた。
「けいとは、何が一番大事なんだ?」
その言葉は、まっすぐにけいとの胸の奥へ落ちていった。
今まで張り詰めていた心の糸が、ぷつんと音を立てて切れる感覚。
彼女の瞳から、こらえきれなかった大粒の涙があふれ出す。
鍵盤の上に、一滴、また一滴と落ちて、消えていく。
その姿を見て、あやの中で何かが決定的に固まった。
同じように公にできない恋を抱える者として、けいとの痛みが痛いほどわかる。
彼女は黙って部屋を出ると、 夕暮れの廊下で震える指でスマホを取り出した。
躊躇いながらも、 ある一つの番号を呼び出す。
数コール後、電話の向こうから、少しぶっきらぼうだが、どこか優しさの滲む声。
「……おう、あやじゃねーか!
あやから連絡くれるなんて珍しいな!」
ドアの隙間から見える親友の震える背中を見つめ、唇を噛み締めた。
「ユージ、お願いがあるの」




