vol.44 深夜の奇襲
「さぁさぁ、今日も夜のおともは俺たちで決まり!
深夜の情報ランド、担当はゴリマッチョ・岡田と~」
「ぶっちゃけトークは任せて!
桜木麗子です!
いや~さっきCDショップ寄ったけど、夜の渋谷はなんかイベント多いね~」
「人も多いよな~。
みんな夜更かししすぎだろ!」
くだけたテンション。
いつも通りのバカ話。
深夜のスタジオを満たすのは、蛍光灯の下で踊る、消費されるためだけの言葉。
深夜特有の、少し気の抜けた笑い。
ガラスの向こう、スタッフが死んだ魚のような目。
平和だ。
退屈なほど。
「……あ、そういや今日は特別ゲストが来る予定らしいんだけど――」
予定調和?
そんなものは、ここにはない。
暴力的な音と共に粉砕された。
バーン!!
重たい防音ドアが悲鳴を上げ、壁に叩きつけられる。
岡田の顔が、音を立てて固まる。「え?」
麗子は「はっ!?」と叫んで、椅子ごと半分ずり落ちる。
「マジで!?
ユージさん!?
え、ちょっと……Synaptic Driveのお二人じゃないの!?」
「えーー!?
本当だったんだ!?
ま、まさか本物がこんなラフに来る!?」
深夜の倦怠が一瞬で蒸発する。
空気が変わる。
いや、変えるんだ。
俺たちが。
ユージがニヤリとマイク前に立ち、低い声でうなる。
「おい!
今、聴いてるヤツはラッキーだぜ。
Synaptic Drive、新曲いくぞ!」
僕も一礼して、キーボードの前へ。
深い森に踏み込むような緊張。
星空に手を伸ばすような高揚感。
指先から体温が逃げる。
何かが流れ込んでくる。
それが勇気なのか、ただの勢いなのか。
自分でもわからない。
息を吸う。
静かな夜。
最初の和音を置く。
イントロが沁みるように鳴り響く。
メロディが夜のラジオの電波に乗って走る。
まだ会ったこともない誰かの枕元まで。
【離れた方がいいって 君は言った
その一言が 胸に突き刺さる】
ユージの声が、スタジオの空気を深い色へと落としていく。
モニターが震え、ライトの輪郭がわずかに滲む。
けいとさんの顔が、手を伸ばせば届きそうな距離に浮かび上がる。
胸の奥に、冷たい針が一本、ゆっくりと立ち上がる。
【背伸びして掴んだ あの笑顔
まだ 君のそばにいたかった】
岡田が息を呑む音すら、マイクは逃さない。
ヘッドホンを通して、その生々しい小さな呼吸が耳の中に抜ける。
麗子の手が口元に上がる。
艶めいたネイルが、震えて光る。
【大人になるって 何を捨てること?
涙の意味すら 自分にはわからない】
ユージが目を閉じる。
その喉から絞り出されるのは、声という形をした魂の欠片。
僕の右手は旋律を支え、左手は夜の底から脈動するビートを引きずり出す。
届くのか。
届かないのか。
そんなもの知ったこっちゃない。
ただ、今ここで血を流さなきゃ、嘘だ。
【この胸から この魂から叫ぶ
『守りたい』って 本気で思ったんだ】
一拍。
何も鳴らない真空のような静寂。
ユージが、その隙間でわずかに笑う。
【I wanna be with, baby!
I WANNA BE YOUR SUPERHERO!
闇を切り裂いて 君の元へ
I WANNA BE YOUR SUPERHERO!】
スタジオの空気圧が、確かに変わる。
ヘッドホンの向こう、東京中の窓ガラスがガタガタ震えてる錯覚。
夜の外気がこちらへ流れ込んでくる感覚。
けいとさん。
守りたい。
ただそれだけ。
馬鹿みたいに単純な願い。
不格好で笑われてもいいんだ。
喉の奥が焼け付くように熱い。
【運命なんて信じない
I WANNA BE YOUR SUPERHERO!】
コーラスの尾を引く残響が、ガラスの向こうで波紋になる。
ユージは最後のハイトーンをやりきり、ふっと肩の力を抜いた。
「サンキュー、またどこかでな!」
投げやりに手を振って、僕たちはスタジオをあとにする。
嵐のように来て、嵐のように去る。
ドアが閉まる。
そのほんの隙間。
向こう側で、抜け殻になっていた二人のMCが、一気に弾けた。
「ちょっと……これ何!?
夢?
本物!?」
「なにこの伝説回!?
ラジオでこんなゲリラおる!?」
言葉が追いつかない。
その動揺は、電波に乗って都市の毛細血管へと流れ込んでいった。
廊下を歩く僕の背中には、まだベースの重低音がへばりついている。
心臓の速さは、しばらく落ちる気配を見せない。
♪ ♪ ♪
興奮は、たちまちネットへと波及した。
【Twitter(X)のトレンドワード】
#深夜ラジオSuperhero
#岡田仰天
#ぶっちゃけ麗子絶叫
#SynapticDrive伝説
#キーボード生演奏
#闇を切り裂いて
#ラジオ班ありがとう
「え、マジだ……ラジオからSynaptic Drive流れてきた」
「寝落ちしそうだったのに目ぇ覚めたわ!」
「夜中なのにプチパニック」
「これ録音できた俺、勝ち組」
「闇を切り裂いて 君の元へってフレーズ、寝るどころじゃねえわ」
「最高のラジオ、生きててよかった!」
「昨日のCM→今日はラジオとかSynaptic Drive仕掛けヤバすぎ」
「あと1曲、どうすんのマジで……!」
顔の見えない叫び、叫び、叫び。
♪ ♪ ♪
Youtuberのセブ・直山は、ちょうど家で作業用BGMにラジオを流していた。
「みんな、俺、聴いちゃったよ……!
寝落ちしそうになった瞬間、深夜の放送であんなことある!?
Synaptic Driveの『I WANNA BE YOUR SUPERHERO』、生で流れたんだよ!
ユージの声やばかった、けんたろうの音も痺れたわ。
まさに夜のヒーローって感じの曲だった!」
「CD音源じゃ分からない生の強さ、ラジオ越しなのにあんなに心震えたの初めてだわ……『I WANNA BE YOUR SUPERHERO!』が頭から離れない。
曲の半分しか聴けなかったのが悔しすぎる。
みんな、絶対フルで聴いた方がいい……マジで」
直山の投稿には「いいね」と共感コメントが嵐のようにつき、彼の熱量がさらにネットを沸騰させていった。
♪ ♪ ♪
朝。
伝説のプロデューサー真壁が、「面白い連中だ」と口元を吊り上げて笑う。
一方、大手事務所。
Dream Jumpsの春本はニュースを見て唇を噛んでいた。
「Synaptic Drive…またやってくれたな……
どこまで世間をかき乱すつもりだ……」
低く押さえた声の下で、何かがきしむ。
野心家のプライドが静かに軋む。
♪ ♪ ♪
大騒ぎのSNSやワイドショーを横目に、僕は静かな朝を迎えた。
昨夜の残響が、胸の内側でまだ微かに鳴っている。
I WANNA BE YOUR SUPERHERO――その言葉を吐いたのは僕じゃないのに、僕自身の叫びのように思えた。
守りたかった、ただそれだけなのに。
けれど、あの夜。
自分は、誰かのヒーローになれる資格?
僕の手には何一つ残っていないんじゃないかって。
でも。
それでも。
もう一度―― この音が。
いつかあなたに、たしかに届くと、信じたい。




