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vol.43 渋谷に響く「NEVERLAND」

 Synaptic Driveの3曲同時リリースという衝撃のアナウンス。

 あれ以来、僕らはメディアからぴたりと姿を消した。

 そんな中、渋谷の巨大モニターでは、最近流れ始めた奇妙なCMが、都市伝説のように語られ始めていた。


 ファストファッションブランドのCM。

 ユージが、「マネキン」として立っている。

 少しシュールで、どこか引っかかる違和感を残すものだった。


 白いライトの下、無表情のままポーズを決めた彼の身体。

 店員が店内を片付け、シャッターが降り、灯りが落ちていく――

 いつもなら、そこで画面は暗転し、ブランドロゴで締めくくられる。

 そこでロゴが出て終わるはずの15秒。


 その夜も、そう終わるはずだった。


 しかし、この夜、モニターは暗転しなかった。

 16秒、17秒。

 暗転しない。

 モニターの中、閉店後の静寂だけが不気味に続いている。


 信号待ちの通行人たちが、違和感に気づいて見上げる。

 スマホをいじっていた高校生たちが、怪訝そうに顔を見合わせる。

「あれ?CM終わんなくない?」

「放送事故?」

「バグってんのかな?」

 ざわめきが、さざ波のように交差点に広がり始めた。


 その時。


 静止画のように動かなかった画面の奥で、がさり、とカーテンの幕が揺れた。


 誰もいないはずの店の奥。

 ゆっくりと幕が引かれ、光が差し込む。


 浮かび上がったのは、一台のキーボードと、それを操る細い影。


 スポットライトが落ちる。

 逆光のシルエット。

 シルエットの指先が、鍵盤に触れる。

 静寂を破るピアノのアルペジオが、星屑のようにこぼれ落ちた。

 高層ビルの谷間を、細い光の粒が滑り落ちるみたいに。

 泣きたくなるほど懐かしい旋律。


 そして――世界が動く。


 画面の中で、マネキンだったはずのユージの瞳。

 ゆっくりと、しかし確実に——カッと見開かれた!


 何人もの女子高生から悲鳴に近い声が上がる。

 スマートフォンのフラッシュが瞬く。


 一瞬、誰も息をしていないかのような沈黙。

 その中心で、彼の唇が、かすかに震える。

 ささやくような、しかし魂を揺さぶるような切ない歌声。


 静止していた世界が、ゆっくりと息を吹き返す瞬間だった。



【君の背中 遠くなる 昨日まで 隣にいたのに

 大人の世界に 置いてかれて 僕はまだ 夢の途中】


 交差点の空気が変質していく。

 人々の呼吸が、無意識のうちに歌のリズムと同期し始める。


【言葉にすれば 壊れそうで 黙ったまま 君を見てた】


 Bメロから、ビートが力強く脈打ち始める。

 マネキンだったはずの彼の表情に、

 苦悩と決意の色が、じわじわと浮かび上がる。


 エネルギーの臨界点。

 サビが、炸裂した。


 渋谷のスクランブル交差点。

 ユージの力強くも疾走感あふれる絶唱が、雷鳴のように響き渡った!

 歌とは言えない。

 魂の暴走だった。


【Take me higher! To the Neverland!

 君に届く その場所まで 走り出すよ 

 夜を裂いて この気持ちが 嘘じゃないなら】


【Take me higher! To the Neverland!

 変わらないで 君の笑顔だけ 時を越えて

 手を伸ばすから Never let go… Neverland!】



 疾走感。

 高揚感。

 引き裂かれるような切なさ。

 リリース発表されたばかりの僕らの新曲、『NEVERLAND』。


 渋谷のスクランブル交差点に、ユージの力強くも疾走感あふれる歌声が響き渡る。 信号が何度変わったのか、誰も覚えていない。

 脳の処理が追いつかない空白の後、渋谷は爆発した。


「え、ちょ、マジ!?Synaptic Drive!?」

「うそ!今、生で歌ってる!?」

「このCM、そういうことだったの!?」


 悲鳴にも似た歓声。

 数千のスマホが一斉に掲げられる。

 光の海。

 けれど、あまりの衝撃に多くの手は震え、誰もまともな映像なんて撮れていなかったかもしれない。


 ユージが『NEVERLAND』の1番を歌い終えたところで――

 モニターの画面は、突如砂嵐に変わり、そのまま真っ暗になった。


 CMは、やはり一度きりしか流れなかった。


「なんだあれは!!」

「今の、幻じゃないよな!?」

「誰か、録画したやついる!?」


 渋谷の交差点は、興奮と困惑の入り混じった叫び声で溢れかえっていた。

 人々は見知らぬ者同士で目を合わせ、笑い、驚きを分かち合う。

 まるでお祭りの後のような高揚感が、夜の渋谷を包んでいた。


 ♪ ♪ ♪


 その頃、Rogue Soundの事務所。

 ユージがモニターに映る渋谷の騒然とした様子をニュースで見ながら、ニヤリと口角を上げていた。


「へっ、してやったりだな!」


 成功への手応えに満ち満ちたその笑みを見て、事務所の空気もほのかに浮き立つ。

 綾音さんでさえ


「これぞSynaptic Driveですよ!」


 と肩を軽く叩き合って喜んでいた。


 けれど、賑やかな空間の真ん中で、僕はどこか自分だけ戸惑ったままだった。

 渋谷、ネット、テレビ…画面の向こうはSynaptic Drive一色の熱狂。けれど、心の中はどこかぽっかりと寂しい。


 人が羨むような盛り上がり。

 だけど、僕だけが温度の違う場所にいる気がする。

 音楽を届けるはずだった僕が、まるで幻のまま取り残されているような―――。


「これが僕の夢だったのかな……?」


 そう呟いてみても、答えはモニターの砂嵐みたいに、手を伸ばせば消えてしまう。


 ♪ ♪ ♪


 人気Youtuberのセブ・直山も、すぐさま緊急配信を開始していた。


「うおおおおおおおマジかよ渋谷!!!!!!!!!!

 仕事中だけどスマホ握りしめてた甲斐があった!!

 マジでマネキンが歌った!!

 伝説だろこれ!!」


 彼の興奮は、そのままネットの熱狂とシンクロしていた。


「これがSynaptic Driveのやり方かよ…痺れる…!

 ミステリアスすぎんだろ…!!!

 けんたろう、お前、やっぱり未来人だろ!?

 こんなの誰も思いつかねぇよ!!」


 僕が未来人なら。

 未来の僕とけいとさんがどうなっているのか。

 そっと教えてほしい。


 ♪ ♪ ♪


 ネット上は、お祭り騒ぎを通り越して、暴動に近い。


【Twitter (現X) のトレンドワード】

 #NEVERLANDゲリラ

 #渋谷CMライブ

 #マネキンが歌った

 #SynapticDrive天才

 #けんたろうの仕業

 #録画班どこ


【ネット掲示板の実況スレッド】

[超速報] 渋谷モニターが歌っただと!?『NEVERLAND』神曲確定!!


 208 名無しさん@実況中:だれかちゃんと録画できた勇者いないの!?頼む!まともな映像プリーズ!!俺の手が震えてブレブレだったんだよ!!

 215 名無しさん@実況中:ってか、あと2曲、どうすんだよ!?『I WANNA BE YOUR SUPERHERO』と『KISS BABY』もこんなふうに来んの!? 心臓もたねぇって!

 223 名無しさん@実況中:Midnight Verdictや一条零はこれ見て何思うんだろ……特にけいとさん。


 その書き込みを見て、僕の胸がチクリと痛んだ。


 ♪ ♪ ♪


 渋谷の巨大モニターで一度だけ流れた、『NEVERLAND』の奇襲。

 それは、Synaptic Drive という名前に、さらに濃い謎の影を重ねた。

 僕らの音楽への期待は、一気に沸点まで引き上げられた。


 そして、残された『I WANNA BE YOUR SUPERHERO』と『KISS BABY』の2曲が、果たしてどのような形で世に放たれるのか。

 その発表方法もまた、誰にも読めない、大きな謎になっていく。

 誰もが勝手に予想を膨らませ、まだ見ぬ二発の爆弾の形を、好き勝手に想像し始めていた。


 ――僕はただ、その熱狂の先で。


 けいとさんの心に、


 僕の「本当の声」だけは、どうか届いてくれますように。


 と、静かに願っていた。

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