vol.42 静かなる爆弾、三曲同時リリース
僕の音楽は、あまりにも静かに世に放たれた。
弱小レーベルRogue Soundからの、ささやかなアナウンス。
けれど、その情報は瞬く間に音楽業界を駆け巡る爆弾となった。
世間がその「爆発」を肌で感じたのは、リビングのテレビが鳴らした不協和音。
無機質な警告音とともに、画面上部に赤いテロップが走る。
「【速報】Synaptic Drive、新曲3曲同時リリース決定!」
それは、お堅いニュース番組の進行さえも強引にねじ伏せた。
画面の中、メインキャスターのゆりこアナが言葉を詰まらせる。
彼女は常に冷静沈着な、知的な美の象徴。
だが、この時ばかりは、彼女の顔にも動揺の色が走ったという。
「え…緊急速報です…Synaptic Driveが…え、3曲同時リリース…!?」
彼女の声が上ずる様子は、すぐさまネットで切り抜かれ、拡散されていた。
僕の作った音楽が、世界を揺らし始めている。
その事実を前に、僕の心は喜びよりも、むしろ静かな不安に包まれていた。
けいとさんを追いかけているつもりだった。
彼女にふさわしい男になりたくて、必死に音楽を作っていたはずなのに。
なぜだろう。
曲を作れば作るほど、僕は彼女から遠く離れていってしまう。
そんな気がしてならなかった。
海辺の砂山に砂を重ねていく。
高くすればするほど、僕の心の穴は大きくなっていく気がした。
さざなみが、音もなく砂山を削っていく・・・
♪ ♪ ♪
その頃、人気音楽系Youtuberのセブ・直山が、緊急生配信を開始していた。
「みんな、見たか!?
Synaptic Drive、マジでやりやがったな!
3曲同時リリースだぞ、3曲!」
熱狂的に語る彼は、Midnight Verdictの熱心なファンでありながら、一条零のことも「零様」と呼び、リスペクトしていることで有名だ。
「俺たちのMidnight Verdictが零様を追いかけ、そこにSynaptic Driveが殴り込み!
どうなっちまうんだよ、この戦国時代は!
俺はな、この混沌を待ってたんだよ!」
彼の熱い語りは、そのままネットの熱狂を代弁していた。
♪ ♪ ♪
一方で、大手事務所。
Dream Jumpsのプロデューサーである春本が、その報に冷ややかに口元を歪めていた。
「Synaptic Drive…想定外のノイズだが、好都合でもある。
天才たちが潰し合って、シーンが混乱すればするほど、我々のような王道が輝く隙が生まれる。
むしろチャンスだ」
彼の目には、僕たちの起こした嵐さえも、自分の戦略の駒としか映っていない。
その瞳は氷のように冷たく、そこに映るのは利益という名の標的だけ。
♪ ♪ ♪
もちろん、彼女たちもこのニュースから逃れることはできなかった。
けいとさんは、テレビに映る「3曲同時リリース」の文字を呆然と見つめ、
「……まさか…」
と呟きが漏れた。
そして、一条零は。彼女はこの報を聞き、静かに微笑んだ。
「やはり、彼は期待を裏切らない」
その瞳の奥に宿ったのは、共鳴。
あるいは、ようやく対等に遊べる相手を見つけた子供のような無邪気さ。
その「期待」の輪郭を、僕だけが、上手く掴めていなかった。
♪ ♪ ♪
ネットは、このニュースに完全に爆発していた。
【Twitter (現X) のトレンドワード
#SynapticDrive3曲
#けんたろうって誰
#異例の同時リリース
#音楽界の革命
#ゆりこアナも驚愕
【ネット掲示板の実況スレッド】
[速報] Synaptic Drive、まさかの3曲同時リリース!!![祭り開始]
名無しさん@実況中:キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!! おいおいおいおいおいおい!!!3曲同時ってどういうことだ!?!?
名無しさん@実況中:頭おかしい(褒め言葉)!Rogue Sound、何考えてんだ。
名無しさん@実況中:ってか、こんな爆弾情報を、めちゃくちゃ静かにアナウンスしてるのが逆に怖いwwwwなんだこのレーベルwww
名無しさん@実況中:それな。「出すよ」くらいのノリで3曲出すなwミステリアスすぎだろSynaptic Drive!やっぱけんたろうって天才通り越して、何か別の存在なんじゃないか?
♪ ♪ ♪
「……こんな爆弾の情報を、静かに発表するなんて……
Synaptic Drive、なんてミステリアスなんだって、あちこちで盛り上がってますよ…」
綾音さんが、呆れと感嘆が入り混じった表情で、ネットの反応を社長に報告する。
社長は、その言葉に苦笑いを浮かべた。
「…いや、ただうちにお金がないだけなんだけどね」
社長のぶっちゃけ発言に、綾音さんは大声で笑った。
「あははは!
でも、それが逆にミステリアスな存在感を高めて、結果的に助かりましたね!」
みんなが笑っている。
僕も、つられて少しだけ笑った。
でも、心の奥底では、一つの想いが渦巻いていた。
僕の音楽、そして偶然が生み出したこの巨大な波が、僕自身をどんどん沖へと運んでいく。
光輝く波。
僕を溺れさせる波。
岸辺にいるけいとさんが、小さくなっていく。
けいとさん、僕たちはどうしてこうなっちゃったんだろう・・・




