vol.41 止まらない旋律、そして三つの衝撃
季節は移ろう。
木々は新しい装いを纏い始める。
しかし、Midnight Verdictの新曲という花は咲かない。
いつもなら、この頃には彼女たちの音色が街角を彩り、心を揺さぶる閃光が世界を駆け抜けているはずなのに。
今はただ不自然な静寂だけが支配していた。
その沈黙は、ファンの心に小さな不安の種を植える。
一条零もまた、その静寂をモニター越しに見つめていた。
かつては遠い宇宙の住人のように思えた孤高の歌姫。
だが今の僕は、その鋭い横顔に奇妙な引力を感じていた。
敵意ではなくって。
同じ「音」という神の祝福…または「呪い」かもしれないけれど。
同じ山脈の、違う峰に立っている人間。
そこから見える景色の冷たさや、風の鋭さは、登った者にしか分からない。
痛みに似た、仲間意識。
世界が息を潜める中。
Synaptic Driveのスタジオだけが、熱に浮かされたように呼吸を続ける。
指が止まらない。
鍵盤を叩くたび、けいとさんの幻影が脳裏で弾ける。
会いたい。
触れたい。
でも、届かない。
不甲斐ない自分への嫌悪。
彼女への渇望。
その二つが摩擦して火花を散らし、焦げ付くような焦燥感が胸を焼く。
言葉にすれば陳腐な「恋」という感情。
僕の中では制御不能なノイズとなって暴れ回る。
吐き出さなければ。
壊れる。
だから僕は、音を紡ぐ。
作曲?
自分で自分を傷つける感覚。
血を流す作業。
不甲斐ない自分。
彼女にふさわしい価値なんてないんじゃないか――
常に背後からそっと顔を出してる感じ。
守りたくても守りきれない。
届きそうで届かない。
もどかしさと焦燥。
心の奥をヤスリでひりひりと削る。
痛くても熱くても削る。
感情を押し殺そうとすればするほど、音楽だけが勝手に溢れた。
「けんたろう、また新曲できたのか?」
気づくと、スタジオの片隅でユージがこちらを見ていた。
黙々と鍵盤の上を滑っていた僕の指。
僕の代わり。
僕の中の叫びそのままに。
旋律を紡ぎ続ける。
「……どうしても止まらなかったんだ…」
自分でも呆れるほど掠れた声。
自分でも、どうしてこんなに湧いてくるのか分からない。
だけど、それが今の僕の本音なんだと思う。
そっと譜面とデモ音源をユージに差し出す。
再生ボタンを押した途端、彼の目がみるみる見開かれる。
その表情は驚愕の色で塗りつぶされていった。
「これ……3曲!?
しかも、クオリティ、ヤバすぎるぞ……!」
息つく暇もなく、彼は僕の肩をがっちり掴み、そのまま事務所へと突っ走った。
「社長!
綾音ちゃん!
けんたろうが、またすっごいの作りましたよ!」
突然の大声に、社長と綾音さんが同時に振り返る。
「3曲同時リリース……?
前代未聞すぎ!
本当に、どういう脳みそしてるの?」
綾音さんの声は呆れと興奮の混ざった独特のテンションだった。
「よっしゃ!
まずは、聴いてくださいって!」
ユージが震える指でスピーカーのボリュームを上げる。
解き放たれたのは、僕の魂の破片たち。
一曲目、『NEVERLAND』。
高速で疾走するユーロビート。
それは、大人になることへの拒絶。
時を止めたい。
変わっていく現実が怖い。
このビートの檻の中に閉じこもって、永遠に子供のまま、彼女と笑い合っていたい。
そんな叶わない願いを、煌びやかなシンセ音に乗って駆け抜ける。
間髪入れずに二曲目、『I WANNA BE YOUR SUPERHERO』。
表面は、迷いを蹴散らすようなユーロサウンド。
だけど、哀愁を帯びたメロディライン。
その芯にあるのは弱さだ。
「君を守るヒーローになりたい」。
けれど、「なれない自分」も知っている。
マントを持たない凡人の、悲痛なまでの決意表明。
拳を突き上げるようでいて、どこかうつむいている。
そんな矛盾した強さと弱さが、サビの一音一音に焼きつけた。
そして最後の一撃、『KISS BABY』。
これはもう、Synaptic Driveの枠組みさえ破壊していた。
エッジの効いたギターが空間を切り裂く。
ドラムが心臓を乱暴に叩く。
理屈なんてない。
ただ、けいとさんへの想いが熱すぎて、痛すぎて、どうしようもない。
会えなくて狂いそうな夜の叫びを、そのまま音波に変換したロックの衝動。
3曲すべてが鳴り終わっても、静寂が事務所の空気を包む。
「……おい、お前……天才か、宇宙人か、いや未来人かよ!」
ユージが脱力したように笑い、僕の背中をバンと叩く。
社長も綾音さんも、言葉を失って呆然とスピーカーを見つめている。
――違う。
天才なんかじゃない。
僕はただ、けいとさんへの想いをどう表現していいか分からなくて、音楽に逃げているだけだ。
どうしてこんな音楽が生まれたか。
わからない。
ただ、もどかしさや焦がれる気持ち、痛みや憧れ。
けいとさんへの全部。
けいとさんへの全部が溢れただけなんだ。
この3曲が、音楽シーンにどんな衝撃をもたらすのか。
僕。
けいとさん。
一条零。
それぞれの運命をどう動かすのか。
止まらない旋律は、もうとっくに―――
僕ひとりの内側だけのものじゃなくって。
自分で作った音楽が、自分の知らない場所に連れていく。
不安で怖くても。
もう戻れないみたい。
あの日、けいとさんが言ったみたいに。




