vol.29 女王の旋律『Eternal Beat』
スタジオに響き渡るMCの力強い紹介。
それをかき消す観衆の声。
Midnight Verdictのステージが始まった。
けいとが、キーボードの前で指を構える。
息を吸う。
指先が落ちる。
爆ぜるようなイントロが、スタジオの床を震わせる。
今夜、彼女たちが放つのは、ユーロビートの代名詞とも言えるヒットナンバー。
誰もが知っているはずの定番曲――
『Eternal Beat』
今ここで鳴っているそれは、CDの中の整えられた音とは、まるで別物。
生放送のスタジオという密室で、音はむき出しの熱とともに立ち上がる。
ドラムセットの奥で、さやかが微笑む。
スティックがハイハットを叩くたび、金属質のパルスが空気に刻まれる。
隣で、かおりは表情をほとんど動かさないまま、ベースのネックを握る。
指が弦をはじくと、身体の芯まで沈んでいくような重低音が、フロアの下から鳴り出した。
盤石のリズムが組み上がる。
その上で、ひなたとこはるが軽やかにステップを刻み、あやのためのステージをひらいていく。
その全てを支配しているのは、ステージ上手のキーボード。
けいとだ。
氷の美貌を持つリーダーが、今夜は灼熱の旋律を奏でている。
スポットライトが交錯し、彼女のシルエットを焼き付ける。
呼吸ひとつで、世界が静止する。
イントロが走る。
疾走する。
あやの声が乗るまでの数秒が、永遠の溜めのように感じられた。
照明が一段階明るくなり、マイクを握りしめたあやが前に出る。
観客を射抜くような視線。
その瞳には、絶対的な自信と、「歌えること」そのものへの純粋な喜びが満ちていた。
【夜の鼓動が 爪先から走る】
【光の粒子で 高鳴るパルス】
あやが歌い出す。
言葉に合わせるように、ひなたとこはるが両サイドでぴたりとシンクロしたダンスを始めた。
ひなたの動きは、髪の先まで神経が通っているかのようにシャープだ。
こはるのステップは、しなやかさと可憐さをそのまま線にしたようにやわらかい。
光が二人の輪郭を縁取り、それぞれの色を浮かび上がらせる。
【鏡の中 嘘も弱さも もういらないの】
あやが胸に手を当てる。
まぶたを伏せた一瞬、その表情に宿ったのは、アイドルとしての虚像ではない。
一人の少女の、剥き出しの覚悟。
観客の喉が、音もなく鳴る。
【選ばれしこの瞬間を 撃ち抜くの】
【誰かの価値で 生きてない】
ひなたが顎をしゃくり、挑発的に笑う。
文句ある? と言いたげなその瞳に、誰もが射抜かれる。
【ルールも全部 超えていく】
あやが挑戦的な笑みを浮かべ、レンズを指さす。
その細い指先が、観客全員への合図になる。
一瞬、フロアが同時に息を吸う気配がした。
【「可愛い」だけじゃ 足りないでしょ?】
けいとが、鍵盤から視線を上げずに、かすかに口元を歪める。
その唇が、歌詞をなぞる。
――ひれ伏しなさい。
【私たちは──女王】
サビの爆発。
閃光が視界を白く染める。
さやかが髪を振り乱し、ドラムと一体になるようにビートを叩き出す。
シンバルが割れそうなほど鳴り響き、観客の胸の中にあった「何か」が、限界までかき立てられていく。
【永遠に鳴り響け ETERNAL BEAT】
【止められない 鼓動と誇り】
ひなたとこはるが、タイミングを合わせて華麗な高速ターンを決める。
汗で濡れた髪がライトを反射し、きらきらと飛沫のように舞った。
衣装の裾が、美しく弧を描いて翻る。
【未来すらも リズムでねじ伏せて】
あやが天を仰ぐ。
突き抜けるようなハイトーンが、会場の天井を揺らし、照明のガラスまで震わせる。
その表情に、苦しさの影はない。
ただ、音の頂点に届こうとする悦びだけが刻まれている。
【今、私が 私を叫ぶ】
【夜の果てへ 踊り続けて】
【It's our time, this is ETERNAL BEAT】
ステージの主役が、滑らかにけいとへ移る。
鍵盤の上で、彼女の指が舞い始める。
蝶の羽音のような速さで、しかし一音もこぼさない正確さで、音が流れていく。
超絶技巧。
それでいて、その旋律には切なさが混ざっている。
心を締めつけるようなコードが、観客の胸の中のどこか古い場所を叩く。
その背中を、かおりが不動の佇まいで見守っている。
彼女は、決して前には出ない。
けれど、ベースラインは一本の太い柱となって、けいとのソロを支え、さらに高みへと押し上げていた。
二人のあいだに、言葉はいらない。
視線が交わるだけで、次のフレーズが決まる。
そこには、音でしか築けない、絶対的な信頼があった。
【見せてあげるわ 真実の熱を】
あやの声が再び戻ってくる。
その両脇で、ひなたとこはるのハーモニーが寄り添う。
三つの声が溶け合い、新しい色の光をステージに生み出していく。
【媚びた笑顔より 鋭いスパイク】
【誰にも読めない このシルエット】
照明が落ち、六つの影だけが浮かぶ。
かおりがベースのネックを撫で上げる動作一つで、悲鳴のような歓声が上がる。
沈黙すら武器にする、圧倒的なカリスマ。
【背中で語るのよ 本物を】
【あの星たちも 私たちに夢中】
ひなたが振り返りざま、カメラに向かって舌をペロリと出す。
小悪魔のウインクが、レンズの向こうの何万人もの心臓を一斉に撃ち抜く。
その瞬間、SNSのタイムラインが一気に流れ出す光景が、目に見えるようだった。
【火花散らす 視線が武器】
【もう止められない、この流れ】
こはるが額の汗をぬぐい、客席に向かって天使のような笑顔で手を振る。
激しく踊り、歌ってきた直後とは思えない、柔らかい笑み。
そのギャップが、逆に観客の熱を狂気じみたところまで押し上げる。
【ハートごと 巻き込んでいくわ──!】
さやかのスティックが天を突く。
ラストスパートの狼煙だ。
【終わらないで ETERNAL BEAT】
【命ごと 刻んでいくから】
あやがマイクを両手で握りしめ、魂を絞り出すように絶唱する。
頬を、一筋の汗がゆっくりと伝っていく。
【流行じゃない 本能で生きてる】
【この瞬間を 一緒に刻んで】
けいと、あや、さやか、かおり、ひなた、こはる。
六つの視線が、ステージ中央で交差する。
一つの強い意志になって、まだ見ぬ未来を射抜いた。
【私たちが伝説になる──】
【Feel it now, feel the ETERNAL BEAT】
次の瞬間、あやのギターが咆哮を上げる。
喜びも、悔しさも、まだ言葉にならない不安さえも。
全部を詰め込んだようなエモーショナルなフレーズが、けいとのクールなキーボードに熱く絡みついていく。
【どこまでも──響け、永遠に】
演奏のボルテージが、最高潮に達する。
けいとの狂おしいほどの旋律と、あやの魂のシャウトが、激しく絡み合う。
【これは終わりじゃない、始まりよ】
ジャーン。
最後の音が鳴り響き、その余韻を残したまま、世界からすべての音が引いていく。
静寂。
ほんの一秒か二秒。
時間が止まったような空白。
その空白を破るように、拍手と歓声が爆発した。
激しい呼吸を繰り返し、肩を上下させながらも、六人は毅然とした表情で最後のポーズを決める。
その瞳はもう、「次の戦い」と、その先にある未来を見ている。
【Just dance with me in this】
【ETERNAL BEAT】
「さすがMidnight Verdict!」
「本当にデビュー1年経っていないのか?」
誰もがその完成度の高さに驚きを隠せない。
ノリが良く、メロディアスでありながら、どこか泣きたくなるほど切ない。
これこそがユーロビート。
これこそが、Midnight Verdict。
その狂乱の外側で、一条零だけが静止していた。
その表情からは、一切の感情が読み取れない。
ただじっと、けいとの指先が奏でる旋律に耳を傾けている。
彼女だけが知っているどこか遠い場所と、このステージとを、一時的につなげるための「聴き方」だった。
♪ ♪ ♪
一方、都内某所のユージのアパートでは、僕とユージがテレビ画面を食い入るように見つめていた。
「さすがだな、Midnight Verdictは」
ユージの感嘆が、狭い部屋の空気を一度だけ震わせて、すぐに静まった。
その言葉に、僕は無言で頷くしかなかった。
画面の中、光の洪水に包まれるけいとさん。
汗に濡れた彼女は、神々しいほど美しくて、そして残酷なほど遠かった。
今、彼女が見ているのは僕じゃない。
数千の観客。カメラの向こうの数億人。
そして、一条零。
彼女の視線の先に広がる、僕の知らない輝かしい世界。
胸の奥が、ぎゅっと音を立てて軋んだ。
誇らしいはずなのに。
彼女が上に行けば行くほど、僕だけが重力に縛られたまま、暗い地面に取り残されていくような錯覚。
――遠いよ、けいとさん。
♪ ♪ ♪
ネット民の反応
『Eternal Beat』が鳴り響く間、ネットはもうひとつのライブ会場になっていた。
@EurobeatLover_JP ミドヴァやっぱ最高!!『Eternal Beat』キター!!!!!安定の神曲!! #ミドヴァ #EternalBeat #女王様
@Keito_QUEEN けいとさんのキーボード捌き、何度見ても鳥肌立つ…クールビューティーすぎ…これが女王の貫禄… #けいと様 #MidnightVerdict
@Aya_Luv_U あやちゃんの歌声、伸びやかで最高に気持ちいい!笑顔も可愛いすぎる!生歌でこれはヤバい! #あやちゃん #ミドヴァ最強
@Sayaka_Drum さやかさんのドラム、ブレない安定感と力強さがまじで神…縁の下の力持ちって感じだけど、実は一番ロック! #さやかちゃん #MV
@Kaori_Bass_Myst かおりさん、無言なのに存在感やばい。ベースの音色一つ一つに魂が宿ってる気がする… #かおりさん #ミステリアスビューティー
@Hinata_Devil ひなちゃんのダンス、キレッキレ!小悪魔的なウィンクにやられた…今日の衣装も似合いすぎ! #ひなちゃん #ミドヴァはいいぞ
@Koharu_Angel こはるちゃんのコーラス、ふわふわなのにしっかり声出てて癒される~!笑顔が天使すぎる! #こはるちゃん #愛されキャラ
@MusicFreak_90s デビュー1年未満でこの完成度はありえない。もはやベテランの域。ユーロビートの歴史を塗り替えてるわ。 #MidnightVerdict #新時代
@Shibuya_Kid Synaptic Driveのゲリラライブも衝撃だったけど、ミドヴァは別格だわ。貫禄が違う。でも、ゲリラライブのあの曲、耳に残るんだよなぁ……#SynapticDrive #けんたろうって誰
@NewMusicFan_JP けんたろうって名前、よく聞くけど結局何者なんだろう?今日のミドヴァ見てると、彼が誰だかますます気になる… #謎の天才 #プロデューサー
女王たちの完璧な凱旋。
そして、その裏で静かに交錯するそれぞれの想いと、いまだ謎に包まれた「けんたろう」という名前。
女王たちの旋律が鳴り止まぬまま、物語は、次の拍へと進もうとしていた。




