vol.28 冠が揺れる
今をときめくアイドル・ユーロビートバンド、Midnight Verdict。
色とりどりのペンライトがいっせいに跳ね上がる。
彼女たちは今、この国で最も眩しい太陽だ。
センターに立つのは、クールで美しいリーダー・けいと。
その周りに、明るく華やかなあや、悪戯な笑みを浮かべるひなた、おっとりとした癒やしのさやか、ふわふわとしたこはる、寡黙でミステリアスなかおり。
六人の色が、ひとつの太陽になって輝いている。
彼女たちは、勝っている。
今夜も、この場所を支配している。
――そして、音が、消えた。
司会者が次を呼ぼうとした、その隙間。
照明が落ちる。
さっきまで熱狂していたMidnight Verdictのファンでさえ、ペンライトを振る手を止め、呼吸を止める。
闇の奥。
一本の、白い光だけが灯る。
一条零。
動かない。
息をしているのかも、分からない。
余計な装飾を拒むような白いドレスが、床までまっすぐ落ちている。
彼女が一歩、前に出る。
たったそれだけで、スタジオから歓声が完全に消えた。
スタジオが、厳粛な神殿になった。
司会者が、震える声で二組を招き入れる。
「Midnight Verdictの皆さん、そして一条零さん、本日はお集まりいただきありがとうございます!」
けいとが、一歩前に出た。
磨き上げられた動きで、深く頭を下げる。
若き女王の礼。
まだ新しい王冠を支えながらも、その重さを知る者の所作。
「本日はこのような素晴らしい機会をいただき、ありがとうございます。
最高のパフォーマンスを、お届けします」
声に、揺れはない。
凛としている。
けいとのしっかりとした挨拶に続き、メンバーもそれぞれ一言ずつ意気込みを語る。
あやは、太陽のような笑顔で両手を振りながら、
「私たちが新しい音楽界を作っていきますよ~!!」
ひなたは小悪魔的なウインクを飛ばし、
「みんな、新時代についてこいよ!」
さやかは優雅に微笑み、
「最高のパフォーマンスで、皆様に感動をお届けします」
こはるは天使のような笑顔で、
「今夜を、私たちの時間にするね!」
そして最後に、かおりが静かに、しかし力強く、
「Midnight Verdictの真の実力を、感じてください」
六人は、輝いている。
この場を盛り上げ、支配し、観客を魅了している。
勝っている。
客席から再び歓声が上がった。
Midnight Verdictのファンが、彼女たちを全力で後押ししている。
一条零は、その一部始終を見ていた。
表情は大きく動かないが、視線の奥に、わずかな温度が宿る。
そして、司会者が一条零へと向き直った。
「一条さん、今夜はMidnight Verdictさんとの初共演ですが、いかがですか?」
零は、視線をカメラへ向けたまま、答えた。
「素晴らしいアーティストです」
一拍。
「彼女たちは、この時代を照らす光です。
まっすぐで、力強く、眩しい」
Midnight Verdictのメンバーが、わずかに目を見開いた。
これは、賛辞だ。
でも――
「ですが」
零の声が、変わった。
「今夜歌うユーロビートは、私の祈りです」
空気が、凍る。
零の瞳には、Midnight Verdictは映っていない。
彼女たちを「否定」しているのではない。
ただ、視界に入っていない。
まるで、地上で輝く星々を、遥か天上から眺めているかのように。
ひなたの唇が、わずかに歪んだ。
あやの笑顔が、一瞬強張った。
「その新曲に関連して、先日渋谷でゲリラライブを行い、大成功を収めたSynaptic Driveのけんたろうさんについて、一条零さんが『彼の歌を歌いたい』と発言されたことが大きな話題になっています。
改めて、けんたろうさんの音楽について、どのような思いをお持ちでしょうか?」
その名前が出た瞬間、Midnight Verdictの列で、目に見えない波が走った。
特にけいとの表情に、わずかな緊張が走ったのをカメラは見逃さなかった。
一条零は、ほんの一拍だけ沈黙した。
その沈黙は、言葉を探すためではなく、心を整えるための間だと、誰かが直感する。
零は聖女が聖書を読み上げるように、静かに、けれど熱く語り始めた。
「私は、けんたろうさんの音楽に、魂を感じました」
美しいソプラノが、スタジオの空気を震わせる。
「彼の紡ぎ出すメロディには、底知れない情熱と、誰にも理解されないような孤独、そして、それでも伝えたいと願う純粋な心が込められています。
彼の音楽は、私の歌声が最も輝ける場所を与えてくれると確信しています」
その言葉を聞いた瞬間、けいとの心臓が、痛いほど跳ねた。
(やめて)
心のどこかで、そう叫びたくなる。
(それは――)
けんたろうの曲に、最初に触れた日のこと。
誰も知らないはずの、音の奥にある孤独と、それでも差し出される手の感触。
(それは、私が知っている、彼の場所で――)
彼女の中で長く言葉にならなかった感情を、一条零はたった数行で言い当ててしまう。
「私は、彼の音楽を、私の歌声で、もっと広い世界に届けたい。
そのためならば、どんな形でも構いません。
彼が、私の歌声に、そして彼の音楽を表現する私の情熱に、少しでも良い、何かを感じ取ってくれることを願っています」
その視線は、カメラの向こう側──テレビを見ているであろう、けんたろうという一点だけを射抜いていた。
これはラブコールではない。
渇望であり祈り。
Midnight Verdictは、その視界にすら入っていない。
彼女にとって今夜は、ただ一人の男に歌を届けるためだけの、聖なる儀式なのだ。
スタジオの空気が、張り詰めた弦のように固まる。
ひなたが、小さく舌打ちした。
「祈りとか魂とか、そんなでかい話をされてもさ……なめてんの?」
あやが肩をすくめた。
「まあまあ、ひなた。
ステージは、盛り上げたもん勝ちでしょ?」
ふたりの対抗心は、熱を帯びて膨らんでいく。
けれど、その熱は、いま一条零が見ている場所には届かない。
♪ ♪ ♪
【生配信】今日の音楽番組、マジで事件だろ!一条零が謎の男『けんたろう』に公開告白!?【セブ・直山チャンネル】
「 いやー、今日のミュージック・フォレスト、マジでヤバすぎ!
Midnight Verdictの登場でスタジオのボルテージMAX!
ひなたちゃんのウインクで俺の心臓は撃ち抜かれました!
ごちそうさまです!」
ハイテンションなYouTuber、セブ・直山が、身振り手振りで、空気が変わった瞬間を伝えようとする。
「からの、一条零!
あの登場シーン、ラスボス降臨ってコメントで埋まってたけど、マジでそれな!
オーラがレベチなんだよ!
で、問題のシーン!
あのクールな一条零が、けんたろうについて語りだした途端、顔つき変わったよな!?
『魂を感じた』『私の歌声が最も輝ける場所』って…え、これもう愛の告白じゃん?
完全に宣戦布告だろ!」
直山は興奮気味に続ける。
「でさ、その時のけいとさんの顔よ!
カメラさん、グッジョブ!
わずかにピクッて引きつったの、俺は見逃さなかったぞ!
これはもう三角関係!
『けんたろう』を巡る女の戦い、始まったな!ってネットも大騒ぎ!
結局『けんたろうって誰だよ!?』がトレンド1位!
Synaptic Drive、マジで何者なんだよ!?」
♪ ♪ ♪
【コラム】一条零の「告白」が示す、音楽シーンの地殻変動(文・音楽評論家 佐野美月)
一条零が、公の電波で特定の作曲家に、あれほど情熱的なラブコールを送った。
興味深いのは、彼女の新曲のプロデューサーが、あの真壁氏であるという点だ。
自らが手掛けるアーティストが、他のクリエイターの楽曲を渇望する発言を、公の場で行うことを許した。
その判断の背景には何があるのか。
彼女はこれまで、誰に対しても「神秘的な距離」を保ってきた。
まるで音楽の巫女のように、この世の俗事から隔絶された場所に立ち、ただ歌うことだけに全存在を捧げてきた。
その彼女が、初めて「渇望」を見せた。
彼女が使った『誰にも理解されないような孤独』という表現は、示唆に富む。
これはけんたろう氏が孤高の天才であることを示すと同時に、彼女自身もまた、その孤独に深く共鳴している証拠だ。
もう一つ注目すべきは、彼女のMidnight Verdictへの言葉だ。
「素晴らしいアーティスト」「この時代を照らす光」――これは賛辞だ。
しかし彼女たちと同じ地平には立っていない。
彼女にとって、今夜の舞台は競争の場ではない。
たった一人、けんたろう氏に歌を届けるための、聖なる儀式なのだ。
女王の冠は揺れている。
この夜を、取りに行く者たちか。
たった一人に、歌を届けに来た者か。




