vol.26 女王戴冠前夜
私の名前は、佐藤梓。
ごく普通の高校二年生。
ただ、一つだけ普通じゃないことがあるとすれば…
クラスメイトのけんたろうくんが、今、日本で一番注目されている音楽家の一人だということだ。
昼休みの喧騒は、ひとつの話題で沸騰している。
今夜放送される音楽番組『ミュージック・フォレスト』。
そして、そこで行われるはずの「政権交代」について。
私は、教科書の隅に視線を落としながら、少し離れた席の彼を盗み見ていた。
その細い肩は、教室中の熱狂を拒絶するように強張っている。
渋谷の夜、あの路上で聴いた彼の歌声が、まだ私の耳の奥でくすぶっていた。
悲痛な叫び。誰にも届かないSOS。
あんな歌を歌う人が、平然と日常を送れているはずがない。
その時、クラスのお調子者である早坂くんが、けんたろうくんの肩を叩いた。
「よお、けんたろう!
Midnight Verdictだったら、誰がタイプ?
みんな美人ばっかだよな〜。
特にけいと様とかさ、超クールで知的じゃん?
お前、ああいうの好きだろ?」
その中で、けんたろうくんは、一瞬だけ肩を強張らせた。
そして――吐き捨てるように言った。
「……けいとさんなんか、何もわかってないよ!」
その声は、ひどく冷たく、そして悲しかった。
早坂くんは、一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに熱に浮かされたように話を続ける。
「は?
けんたろうは、ああいう音楽は聴かないもんな!
あー、まあ、そんなことより今夜だよ!
『ミュージック・フォレスト』、政権交代だぜ!
一条零の時代は終わり!
俺たちの女王、けいと様が天下取るんだって!」
早坂くんは、熱狂の輪の中へ消えていった。
教室の誰もが、今夜、けいとさん達、Midnight Verdictが勝つと信じている。
でも、違う。
私には、わかってしまった。
渋谷で歌ったあの歌の歌詞。
「あなたは知らない、僕が泣いているのを」。
ただ、たった一人に「ここにいるよ」と、泣きながら叫んでいる歌だった。
もし、けいとさんが勝ったとして、それは本当に彼の救いになるのだろうか。
もしかしたら、その勝利こそが、もっと深く、彼を傷つけることになるんじゃないか…。
私は、彼の音楽の味方でいよう。
彼の叫びを、ちゃんと聴き続けよう。
心の中で、そう、強く誓った。
その夜、私は自室のテレビの前で、固唾をのんでその瞬間を待っていた。
『ミュージック・フォレスト』――今夜、歴史が動く。
SNSを開けば、タイムラインは革命前夜のような狂騒に包まれていた。
【ネット民の反応】
「始まったあああ!女王が歴史を塗り替える瞬間を見届ける!」
「テレビの前で正座待機!女王と歌姫の夢の共演、震える!」
「これはもう、歴史の証人になるしかない。録画も完璧!」
「けいと様と一条零が同じ画面に……!眼福すぎる!!」
「9割がMidnight Verdictの勝利を予想!もう結果は見えてる!」
「けいと様、マジで頼む!俺たちの夢を乗せて、あの歌姫を倒してくれ!」
「一条零派息してる?w時代の終わりを見届けなよ」
「零様は負けないよ。アーティストとしてぶち抜けてる」
「一条零がユーロビート参戦!迎え撃つ女王!この構図、少年漫画より熱い!」
「一条零、けんたろうの歌を歌いたいって言ってたけど、今日の新曲もユーロビートだもんな。果たしてどんなパフォーマンスをぶつけてくるのか」
「Midnight Verdictは新曲出すのかな?それとも代表曲で迎え撃つ?」
「この番組の裏で、Synaptic Driveのけんたろうは何を思ってるんだろうな。自分の歌が、こんな大舞台で火花を散らす原因になってるなんて」
「早くけんたろうの正体も明かしてくれ!この状況、本人も見てるんだろうか?」
日本中が、Midnight Verdictの勝利という、甘い夢を見ている。
でも、私はどうしても、胸のざわめきが抑えられない。
けんたろうくんは、今、どこで、どんな気持ちでこの画面を見ているんだろう。
テレビ画面の隅で、時計が冷たく時を刻んでいる。
画面には「【歴史的共演】放送開始まで、あと1分」というテロップが、無慈悲に点滅していた。
これから始まるのは、希望の祝祭か、それとも、残酷な真実の暴露か。
私は、ただ祈るような気持ちで、画面を見つめることしかできなかった。
♪ ♪ ♪
音楽チャート
1 Midnight Verdict 『ETERNAL BEAT』
2 一条零 『光の裏の闇』
3 一条零 『EXCHANGE SACRIFICE』
4 一条零 『常緑』
5 Synaptic Drive 『FIRE ON THE MERCURY』
6 Midnight Verdict 『ROYAL ILLUSION』
7 一条零 『GLASS LOGIC』
8 chika 『元気爆弾☆』
9 Synaptic Drive 『UNIVERSE BOY』
10 アーク・シンフォニー 『遥かな地平』




