表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
255/274

vol.247 毒と光

 都内某所。

 会員制バーの個室は、重厚な革と紫煙の匂い。

 ONYX TRAXの社長は、グラスの氷をカランと鳴らす。

 その音に、焦燥が混ざる。


「……美咲くん、分かっているね?」


 社長が身を乗り出した。


「相手はDream Jumpsだ。

 泣く子も黙る国民的アイドルだぞ。

 いくらCrimson Kissが話題とはいえ、真正面からぶつかって勝てる相手じゃない」


 対面の席。

 美咲は足を組み、赤ワインのグラスを指先で遊ばせている。

 その瞳は、獲物を前にした肉食獣のように静かだ。


 美咲は口角だけで笑った。


「大衆は飽きているんですよ。

 清廉潔白な天使ごっこにね。

 光が強ければ強いほど、その裏にある『ドロドロした本音』を見たくなる。

 ……私が用意したのは、あの光を腐らせるための極上の猛毒です」


「猛毒……?」


「ええ。

 任せてください。

 社長賞、今のうちに包んでおいてくださいね?」


 ♪ ♪ ♪


 一方、光のど真ん中。

 Dream Jumpsの専用スタジオは、熱気と制汗剤の香りで満たされていた。


「はい、ワンツー、スリーフォー!

 りおちゃん、ターンもっと低く!」


「了解!」


 長身のりおが、長い手足を鞭のようにしならせる。

 クールな表情の下で、闘志が燃えている。


「ふぅ~……疲れたぁ~」


 癒し系のももが床にへたり込むと、すかさずゆずがカメラ目線でタオルを使う。


「ももちゃん、まだ回ってるよぉ!

 可愛く汗拭かないと!」


 そのあざとさを、最年少のあいがタブレット片手に冷静にさばく。


「ゆずちゃん、カメラどころか明日は本番。

 Bメロの移動が0.5秒遅れてる」


 そしてセンター、めぐみ。

 彼女は膝に手を置き、顔を上げて全員を見渡した。

 その瞳は、どんな照明よりも輝いていた。


「みんな、聞いて!

 明日の相手はCrimson Kiss。

 正直、あの攻撃的なスタイルは怖い。

 でもね、私たちはDream Jumpsだよ!

 みんなを笑顔にするために歌ってるんだもん。

 悪口とか挑発とか、あんな下品な音……私たちのキラキラで全部吹き飛ばしちゃおう!」


 5人の声が重なる。

 あまりに純粋で、あまりに無防備な光。

 彼女たちはまだ知らない。

 自分たちを吹き飛ばそうとしている爆弾のピンを、誰が引いたのかを。


 ♪ ♪ ♪


 箱根、最終日の夜。

 旅館の部屋は静かで、畳がやけに優しい。


 優しいのに、僕の胸の奥だけが硬い。

 テレビをつけても消しても、あの赤と青が網膜に残る。

 音の輪郭が、耳の裏に貼りついたまま剥がれない。


 ユージはちゃぶ台の前で胡坐をかき、ビールの缶を指で転がしている。

 綾音さんはスマホを伏せ、僕の顔色を盗み見ては、何も言わない。


「なあ、けんたろう」


 ユージが軽く言った。


「今夜の特番、ここで見るんだろ?

 なのにお前、ずーっと浮かねえ顔。

 ……言いたいことあんなら言えよ。俺たちだろ?」


 その言葉が、塞き止めていたダムを決壊させた。

 僕は膝の上で拳を握りしめ、顔を伏せたまま絞り出した。


「……僕なんだ」


「え?」


「あの日、迷子になった時。

 たまたま、練習してる人たちに会って。

 音が気になって、ついアドバイスをしちゃったんだ。

 音色とか、ベースのノリとか、残響とか。

 ほんとに少し。

 誰だか知らなかった。

 向こうも、僕を知らなかった。

 ただの偶然だったんだ」


 息を吸う。

 胸がつっかえる。


「まさか、あれがCrimson Kissだなんて……。

 僕の言葉が、あの曲を作っちゃった。

 僕のアイデアが、他人を傷つけてる。

 それが……辛いし、悔しいんだよ」


 部屋の空気が止まる。

 沈黙。

 窓の外の風音だけが聞こえる。


 やがて、ユージが大きく息を吐いた。


「……マジかよ。

 お前、やっぱバケモンだな」


 ユージは怒らなかった。

 呆れたように、でも力強く僕の肩を叩いた。


「たった一言であそこまで化けさせたのかよ。

 ……悪気があってやったんじゃねえ。

 ……でも、そんだけ背負ってたんだな

 事故だ、事故」


 綾音さんも、静かに頷く。

 

「けんたろうくんの音が凄すぎるだけです。

 自分を責めないでください」


 二人の優しさが、冷え切った身体に染みる。

 ユージは立ち上がり、窓の外の闇を見据えた。


「ま、クヨクヨしても始まらねえ。

 まずは特番だ。

 Dream Jumpsが勝つとこ見て、全部すっきりして東京に帰ろうぜ」


 ユージの笑顔が、僕の罪悪感を少しだけ軽くしてくれる。


 そうか。

 僕が蒔いた種でも、彼女たちの「光」なら焼き払ってくれるかもしれない。

 そんな希望にすがりながら、僕は深くうなずいた。


「めぐみちゃんなら、大丈夫だろ。

 さあ、見ようぜ」


 ユージはリモコンを操作して、テレビを点けた。

 嵐の前は、酷く静かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ