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vol.246 隠された猛毒

 箱根の朝は、残酷なほど穏やかだった。

 白くのぼる湯気。

 澄んだ空気。

 けれど僕たちは、ロビーのテレビに映る「赤と青」から目を逸らせずにいた。


「またCrimson Kissかよ……」


 ユージが言いかけて、僕の顔色を見て黙る。

 彼女たちの侵略は、列島を覆う異常気象になっていた。


 ♪ ♪ ♪


 今夜の犠牲者は、かつて僕らと同じフェスで空気を震わせた3組。

 NeonHowl、chika、ami。

 彼らはただ食われるつもりはなかった。

 「狩られる前に、狩る」。

 全員が、なりふり構わない勝負曲を用意してきていた。


 NeonHowl『FANGS』。

【綺麗事は聞き飽きた!牙を研げ!】

 喉が裂けんばかりのスクリーム。

 観客の拳が上がる。


 chika『SMILE RIOT』。

【限界なんて突破して!心臓が止まってもまた動かせ!】

 倒れる寸前まで踊り狂うダンス。

 ネットも『今日のchika目が本気』と沸く。


 ami『Logical Trap』。

【好きって言ったら 死ぬほど信じるの?】

 白衣を脱ぎ捨て、勝ちに行く色気で客席を掴む。


 3組とも、完璧だった。

 これまでの自分を壊し、進化し、牙を剥いた。

 素晴らしい対抗策。

 Crimson Kissを迎え撃つ準備は万端に見えた。


 ♪ ♪ ♪


 トリを務めたCrimson Kissが登場する。

 スタジオの空気が凍る。

 誰もが、あの恐ろしい完成度を誇るデビュー曲『Scarlet Desire』を予想していた。


 だが、流れてきたのは違った。


 新曲『POISON CANDY』。

 キャンディ・ポップを悪趣味に歪ませた、荒削りなダンスチューン。

 音の緻密さは『Scarlet Desire』に遥かに劣る。

 あれは僕の手が入っていない、本来の彼女たちの実力だけの曲だ。


【甘いと思って舐めたでしょ?】

【POISON CANDY あなたの好きは 私が決める】


 ミナがカメラに向かって飴を噛み砕く。

 リサが中指ギリギリの挑発をする。

 音圧も完成度も、前の3組の方が上だったかもしれない。

 けれど、彼女たちが放つ「余裕」という名の猛毒が、すべてを無効化した。


 曲後のトークで、ミナは退屈そうに言った。


「先輩たち、必死すぎて……見てて疲れちゃったぁ。

 だから私たち、今日はちょっと『手加減』した曲にしたっすよ。

 本気出すと、かわいそうだから」


「みんな、頑張ってた。

 ほんとに」


 リサが一拍置く。


「でも、頑張ってるって言葉、負けた人の免罪符にもなるよね?」


 スタジオが凍る。

 amiの目が笑わない。

 NeonHowlが睨む。


 ♪ ♪ ♪


 旅館の部屋。

 ユージが、身を乗り出して叫んだ。


「……すげえ。

 あの3組相手に、デビュー曲の『Scarlet Desire』を使わずに圧倒しやがった。

 音は正直、前の曲(Scarlet Desire)の方が数倍ヤバい。

 なのに、この曲のふざけた態度だけでねじ伏せやがった。

 本物のヒールだ。

 肝が据わってやがる!」


 ユージは純粋に興奮している。

 彼は知らない。

 なぜ『Scarlet Desire』の音が数倍ヤバいのか。

 その理由が、隣で震えている僕にあることを、彼はまだ知らない。


「……」


 僕は膝の上で拳を握りしめ、黙り込むことしかできなかった。

 言えない。

 僕が怪物の生みの親だなんて。


 ♪ ♪ ♪


 番組の最後。

 僕たちの心臓を鷲掴みにするテロップが流れた。


『次週!

 ピュアの申し子・Dream Jumps VS 猛毒ヒール・Crimson Kiss

 禁断の直接対決SP!!』


 ネットの世界が沸騰する。

 セブ直山が動画で絶叫していた。


「おいおいおい!

 ついに本丸、Dream Jumpsに喧嘩売ってきやがった!

 でもな、早すぎるだろ!

 相手は国民的アイドルだぞ!?

 『POISON CANDY』レベルじゃ、めぐみちゃんの笑顔に蒸発させられて終わりだぞ!」


 世論も同じだった。

『さすがにドリジャンには勝てない』

『格上相手に調子乗りすぎ』

 誰もが、Dream Jumpsの勝利を疑っていない。


 でも、僕だけは知っている。

 来週、彼女たちが使う「武器」を。


(……温存したんだ)


 彼女たちは『Scarlet Desire』を隠し持っている。

 僕の遺伝子が入った、あの凶悪な完成度の曲を、Dream Jumpsを殺すために取っておいたんだ。


 思考が螺旋階段を落ちていく。


 僕はただ、けいとさんに届きたくて音を紡いできたはずなのに。

 Dream Jumpsが倒れれば、次は間違いなくMidnight Verdictだ。


(僕が、彼女たちを傷つける)


 守りたいのに。

 愛しているのに。

 僕の存在そのものが、彼女たちにとっての毒になってしまうのか?


「……どうしたら」


 思考が焼き切れる音がした。

 僕は自分の手が、真っ赤な血に染まっているような幻覚を見ていた。

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