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vol.242 ONYX TRAX

 翌朝。

 箱根は憎らしいほど快晴だった。

 僕たちは「インスピレーション強化合宿」という名の観光旅行を再開した。


 最初の目的地、大涌谷。

 ロープウェイの支柱に、見慣れない広告ポスターが貼られていた。

 真紅の唇のロゴ。

 ――Crimson Kiss。

 けれど僕は、その意味を気にすることもなく通り過ぎた。


 ロープウェイを降りた瞬間、硫黄の匂い。

 灰色の噴煙。


「うおっ!

 くっせえ!

 でもすげえ!

 地獄みてえだな!」


 ユージが子供のようにはしゃぐ背中を見ながら、僕は不意にめまいに襲われた。

 初めて来たはずの「地獄の釜」のような場所。

 なのに、もっととんでもない「何か」に振り回された記憶が、脳の奥底で点滅している。


「おい、けんたろう!

 これ食え!」


 ユージが名物の黒たまごを押し付けてくる。


「一個食えば寿命が7年延びるんだってさ!

 10個食え!

 俺たちSynaptic Driveは、あと1000年は続けるんだからよ!」


「熱っ……!

 胃が死んじゃうよ!」


 僕は叫びながら、またデジャヴに襲われた。

(あれ……?昔、どこかの暴君に『千年ラブラブするために寿命を延ばせ』と無理やり食べさせられそうになったような……)


 満足そうに笑うユージの顔が、一瞬だけ高圧的な魔王の笑顔と重なって見えて、僕は背筋が寒くなった。


 ♪ ♪ ♪


 続いて、芦ノ湖。

 海賊船の甲板に出ると、冷たい風が頬を叩いた。

 綾音さんが、手すりに寄りかかって深い湖面を見つめる。


「綺麗ですねぇ……。

 でも、底の方は光も届かないくらい暗いんでしょうね」


 ドキリとした。

(光の届かぬ湖底……泥人形……沈められた天使……)

 また知らない記憶が疼く僕の肩を、ユージがガシッと抱いた。


「安心しろ。

 もし落ちても、俺がすぐに引き上げてやる。

 泥人形になる前に助けてやるからよ!」


 全くわからない記憶。

 ……これも、インスピレーションって呼ぶのか?


 ♪ ♪ ♪


 最後は、箱根ガラスの森美術館。

 太陽の光を浴びて、クリスタルガラスのアーチが虹色に輝いている。

 さっきまでの「地獄」や「深淵」の妄想が嘘のように、心が洗われる美しさだ。


「綺麗だなー。

 けんたろうの曲みたいだ」


 ユージが珍しく真面目なトーンで言い、ガラスの粒を弾く。


「繊細で、キラキラしててさ。

 でも、強く握ったら壊れちまいそうな危うさもある。

 ……だからよ。

 壊れないように、俺たちが守らねえとな」


 一瞬、『壊して飾ってやる』という幻聴に身構えたけれど、違った。

 ユージの目は、真っ直ぐで温かい。

 ああ、ここは現実だ。

 僕の隣にいるのは、理不尽な魔王とかじゃない。

 最高の仲間たちだ。

 妄想の中の恐怖が消え、代わりにじんわりとした温かさが胸を満たした。


 ♪ ♪ ♪


 夕方、旅館に戻るため箱根湯本駅のコンコースを通った時だ。

 柱に設置された何十台ものデジタルサイネージが、一斉に切り替わった。


 パッ、パッ、パッ!


 鮮烈な光。

 穏やかな温泉街には不釣り合いな、攻撃的な色彩。


『緊急デビュー!』

『美しき猛毒』

『Crimson Kiss』


 画面の中で、二人の女性が背中合わせに立っている。

 一人は、燃えるような「赤」を纏い、情熱的で甘い視線を投げるミナ。

 もう一人は、氷のような「青」を纏い、冷徹ですべてを見透かすリサ。

 赤と青。

 対照的な二色が、画面の中で妖しく混ざり合う。

 その視線が、一瞬だけこちらを見た気がした。

 ……どこかで見た気がする。

 気のせいか。

 今日は頭の中がややこしい。

 まだ疲れてるんだろう。


「おっ、新人か?

 随分と露出が激しいな」


 ユージがニヤニヤしながら指差すが、綾音さんの目は鋭かった。


「ONYX TRAXオニキス・トラックス……広告枠、相当買ってますね。

 これは【売る】んじゃなくて、【押し込む】やり方です」


「押し込む?」


「話題を作って、居場所を作ってから、あとで評価を回収するんです。

 金満レーベルが、力押しで流行らせる時の常套手段ですね」


 貧乏レーベルの僕たちには遠く、関係のない話だ。

 僕たちは足を止めず、通り過ぎた。

 その時の僕には、その「赤」と「青」の警告色が、ただの背景の一部にしか見えていなかった。

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