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vol.238 恋バナ④

 車は山道に入り、エンジンの回転数が上がる。

 Midnight Verdictの話題で地雷を踏み抜いたはずのユージは、まだ止まらない。

 むしろ、ここからが本番だと言わんばかりに、バックミラー越しに鋭い視線を投げてくる。


「最後は……『大人の女』編といこうか」


 息をのむ。

 そんな予感。

 そこは、触れてはいけない聖域。


「一条零。

 藤原しずく。

 そして……ゆりこアナ。

 この3人なら、誰よ?」


 絶句した。

 その三択は、あまりに残酷すぎる。


 一条零さん。

 僕の音楽の理解者であり、孤高の歌姫。


 藤原しずくさん。

 行き倒れた僕を拾い、無償の愛で包んでくれた恩人。


 そして、ゆりこさん。

 僕の初恋。

 人生の師。


「ユージ……それはさすがに無理。

 選べないよ……」


「仮定の話だってば!

 男なら腹くくって選べよ!

 ほら、ファイナルアンサーは!?」


 綾音さんが助手席で、呆れた顔をしている。

 でも、止めない。

 止めると僕が黙るからだ。


 僕は頭を抱えた。

 誰を選んでも、選ばなかった二人に背を向けるような罪悪感。

 でも、もし。

 今のこの、ボロボロの魂が、最後に帰る場所を選ぶとしたら。


「……ゆりこさん、かな……」


 僕の口から出たのは、やはりその名前だった。


「ほう!

 初恋は強し、か」


「……うん。

 やっぱり、僕の原点だから。

 彼女がいなかったら、今の僕はいない。

 どんなに遠くへ行っても、最後に戻るのは……あそこなんだと思う」


 ユージは茶化さなかった。

 「意外と真面目だな」と短く笑い、それ以上は踏み込まなかった。

 僕の瞳に、ただならぬ色が混じっていたのを見たからかもしれない。


「じゃあ、綾音ちゃんは?」


 ユージがすぐに空気を軽くする。


「え、私ですか」


 綾音さんは少し考えて、ふっと笑った。


「しずくさん、ですかね。

 ああいうふうに人を包める人って、強いと思うんです。

 温かくてブレない。

 ……憧れます」


 綾音さんはバックミラー越しに僕を見て、優しく微笑んだ。

 綾音さんの微笑みが、やけに優しかった。

 まるで「今のあなたに必要なのはそっちよね」と言うみたいに。


「なるほどなー。

 けんたろうは初恋に一途。

 綾音ちゃんは包み込む系。

 ってことは俺は……零様だな」


「なんでそうなるの」


 綾音さんが即座に突っ込む。

 彼はハンドルを切りながら、不敵に笑った。


「あいつは孤独だろ。

 周りが低すぎて話が合わねえんだよ。

 だから、同じ高さまで飛べる俺が、隣にいてやるしかねえだろ?」


 あまりの自信過剰。

 あまりの「俺様」理論。


 僕と綾音さんは顔を見合わせ、それから同時に吹き出した。

 呆れるを通り越して、清々しい。


「なに笑ってんだよ!」


「いや、ユージくんらしいなって」


「最高だよ、ユージ!」


 車内が笑いに包まれる。

 聖域だと思っていた場所も、ユージにかかればただの遊び場になる。


 その軽さが、今の僕には救いだった。


 窓の外、冬でも黒々とした木々が近づく。

 車はゆっくりと速度を落とし、箱根の温泉街へと滑り込んでいく。


 僕の中の鉛はまだ重い。

 それでも、誰かの声があるうちは、沈みきらない気がした。

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