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vol.234 箱根へ

 雲ひとつない冬晴れの日。

 事務所の白いミニバンは、東名高速を西へ走り出す。


 名目は「次曲のためのインスピレーション強化合宿」。

 けれど、それが僕を休ませるための口実だということは、車内の全員が分かっている。

 ハンドルを握るユージ。

 助手席の綾音さん。

 僕は後部座席で、少し広すぎるシートに沈む。


 行き先は箱根。

 都心から近い温泉地。

 ふつうなら心が浮くはずの小旅行なのに、胸の奥の鉛はまだ居座っている。

 窓の外を追いながら、僕は「楽しんでいるフリ」の準備をしていた。


 意外だったのはユージの運転だ。

 ステージでは暴れるのに、今は制限速度ぴったり。

 慎重さが、僕という壊れ物のためだと分かって、少し痛む。


 沈黙を埋めるように、ユージがラジオをつけた。

 軽快なDJ。


『デビュー間近!注目の女性二人組デュオ——』


 綾音さんが、懐かしそうに息を漏らす。


「二人組かぁ……Synaptic Driveも二人でしたね。

 デビューして、もうすぐ一年になりますね。

 早いなぁ」


「おうよ。

 今じゃヒット連発のトップランナーだもんな!」


 ユージが得意げに言った瞬間、言葉が僕の鼓膜を刺した。


 ヒット連発。

 最強。

 それは、僕が削れて作った回数でもある。

 特に年末の『Create the Chaos』。

 あの曲は、寿命を前借りしたかもしれない。

 燃やせば燃やすほど売れた。

 じゃあ、これからも燃やせということか。


 バックミラー越しに綾音さんの目が揺れた。

 焦り。

 ユージもそれに気づき、言葉を失う。


「あ……いや、その……」


 ラジオのDJだけが能天気に未来を語る。

 車内の空気が、薄く張り詰めた。


 だめだ。

 僕が暗い顔をしたら、二人の優しさが罰みたいになる。

 拳を握り、口角を持ち上げる。


「そうだよユージ。

 僕たち最強だよ。

 今回の合宿でもっと凄い曲作って、驚かせようよ」


 明るい声のつもりが、少しだけ上滑りする。


「……おう。そうだな。

 けんたろうがいりゃ無敵だ」


 ユージが合わせ、綾音さんも「そうですね」と頷く。

 二人の声には、謝りたいのに謝れない痛みが混じっていた。


 ♪ ♪ ♪


 空気を変えたのは、海老名サービスエリアだった。


「俺、トイレ!

 ついでになんか買ってくる!」


 戻ってきたユージは、ビニール袋を掲げて満面の笑み。


「見てくれよこれ!」


 富士山の被り物をした、ご当地キティのキーホルダー。


「……なんで、これ?」


「旅のお供!

 年末歌合戦で富士山の上、飛んだだろ?

 勝利の記念だよ!」


 理由が雑すぎて、僕と綾音さんは同時に吹き出した。


「確かに飛んだけどさ!」


「ユージくん、発想が小学生以下です!」


 腹の底から笑えたのは久しぶりだった。

 ユージは照れくさそうに鼻をこすり、キーホルダーを車のキーにつける。

 揺れる富士山キティちゃんが、間抜けな護符みたいに見えた。


 ♪ ♪ ♪


 車はまた東名へ戻り、一定の速さで流れ続ける。

 窓の外は、冬の光に乾いた街並みが後ろへ溶けていく。


 綾音さんは僕が黙っていても、無理に話を続けない。

 ただ、空調を少しだけ弱めたり、ブランケットを直したりする。

 壊れ物を扱う手つきなのに、過保護にはしない距離感。


 バックミラーのユージの横顔は真剣で、あの日からずっと気を張っているのが分かる。


 僕はずっと一人で背負っているつもりだった。

 でも違う。

 エンジンが不調でも、車を押してくれる人がいる。


 窓ガラスに映る僕の顔はまだ疲れていた。

 でも、能面みたいではなかった。

 凍っていた何かが、景色と一緒に少しずつ溶けていく。


 ミニバンは冬の光の中、高速の白線を追い続ける。

 止まりかけた僕の時間が、もう一度動き出すためのドライブになるのだろうか。

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