vol.220 夢を見せる者、夢を削る者
12月31日。
午後7時40分。
JHKホール。
トップバッター・Dream Jumpsの余韻が会場に残る。
会熱の熱気は冷めるどころか、加速度的に上昇する。
ネットの世界も同様だ。
音楽系YouTuberのトップランナー・セブ・直山は、もはや酸欠になりそうな勢いで叫ぶ。
興奮の排気口。
「いやあああ!
初っ端からクライマックスだろこれ!
Dream Jumpsの『Magic of Dream』!
あの透明感!
浄化されたわ……俺の汚れきった心が真っ白だ!
だがな、まだ終わらねえ!
むしろここからがJHKの本気だ!!」
♪ ♪ ♪
会場の照明が落ちる。
一点の蜂蜜色のスポットライトがステージ中央を射抜く。
そこに立つのは、淡いシャンパンゴールドのジャケットを纏った青年。
二番手、Tatsuya。
その立ち姿だけで絵になる。
正真正銘の「王子様」。
イントロが流れた瞬間、客席から割れるような歓声が上がる。
曲は『Leave it to me』。
かつて『STARLIGHT SYMPHONY』でも披露された、彼の代表曲。
キックは軽いのに芯がある。
ギターが小さく跳ねて、スネアが会場の心拍を整える。
Tatsuyaは走らない。
煽らない。
ただ、余裕のある歩幅でステージを横切る。
目線が歌う。
黄色い歓声が上がる。
悲鳴というより、息が漏れる音に近い。
【黙ったままのごめんも
笑って隠した平気も
気づかないふりは もう終わり
さあ、こっちへおいで】
甘い。
とろけるように甘い。
それでいてリズムは鋭い。
指先ひとつで空気を操るような繊細なダンス。
カメラに向かってふわりと微笑むだけで、画面の向こうの数万人が恋に落ちる。
サビに戻る瞬間、カメラに向けてほんの少しだけ笑う。
その一秒のために、番組は存在しているんじゃないかと思うほど、客席が揺れる。
【きみのすべて うけとめるよ Leave it to me……】
サビのファルセットが美しく伸びる。
会場を優しく包み込む。
Midnight Verdictの楽屋でも、反応は真っ二つに分かれていた。
「はぁ〜ん、Tatsuya様……尊い……」
ひなたがモニターに張り付き、完全に乙女の顔になっている。
「やっぱり王道よねぇ。
あんな風にエスコートされたいわ」
あやも頬杖をついてうっとり。
完全にミーハーモードだ。
一方で、さやかとかおりは冷静だった。
「……悔しいけど、上手いな」
ドラムのさやかが唸る。
「あのリズム感、
ただ甘いだけじゃない。
バックの音と完全に同期してる」
「視線の使い方も完璧。
計算され尽くしてる」
かおりが同意する。
けいとは、
少し複雑そうな顔で画面を見ていた。
「プロね。
自分の魅せ方を完璧に理解してる」
彼女の言葉に、楽屋の浮ついた空気が少しだけ引き締まる。
♪ ♪ ♪
続いて、ステージが一変する。
床面のLEDが極彩色に点滅し、地鳴りのような足音が響く。
三番手、SDB96。
総勢96人の少女たちが、ステージを埋め尽くす。
そこそこ可愛い。
でも、その「そこそこ」が集まった時のパワーは、もはや災害級。
そこで、直山が解説モードに切り替わる。
「はい来た!
SDB96!
96人って何だよ、クラス3つ分だぞ!
でもな、人数が多いグループの見どころは可愛いじゃねえ。
どこを抜かれても成立する精度と、カメラ割りの勝負だ。
今から推しを探すゲーム始まるぞ!」
曲は『ダイビングゲット』
【ダイビングゲット 僕は一足先に
君のハートの海へ 飛び込んじゃうよ
ダイビングゲット 何を言われたって
息が続かなくても 構わないのさ
NaNaNa...】
96人が一糸乱れぬダンスで巨大な波を作る。
個を捨て、集団としての美を追求するその姿は圧巻。
会場中が「オイ!オイ!」と野太いコールで応える。
サイリウムが波のように激しく揺れる。
「今のサビな!
飛び込むってテーマを、人数で海にしてんだよ。
96人が波。
客席が岸。
カメラが泳ぐ。
……ほら、
推し見つけたやつ、コメントしろ!
今だ!」
コメント欄が急に推し報告で埋まっていく。
光。
歓声。
熱狂。
一点の曇りもない「エンターテインメントの極致」。
誰もが幸せで、誰もが夢を見る。
この時間が永遠に続けばいいと、誰もが願う。
……たった一箇所を除いては。
♪ ♪ ♪
上空1000メートル。
ヘリコプターの機内。
そこは、地上の喧騒から切り離された、真空のような空間。
プロペラの轟音だけが、絶え間なく鼓膜を叩き続ける。
空気が重い。
鉛のように重く、冷たい。
ユージは腕を組んだまま、深くシートに身を沈める。
目は閉じられているが、眠っているわけではない。
眉間に刻まれた深いシワが、彼の中で渦巻く葛藤を物語る。
(俺が余計なことを言わなければ)
(俺がもっとしっかりしていれば)
そんな自責の念が、彼からいつもの覇気を奪う。
綾音は、黙ってうつむく。
手元のタブレットには、刻一刻と迫るタイムリミットが表示されている。
彼女はプロだ。
感情に流されてはいけないと分かっている。
けれど、目の前の少年の姿を見て、何も感じないほど冷徹にはなれなかった。
けんたろう。
無心。
膝の上のPCに向かい、ただひたすらに指を動かしている。
カーソル点滅が心拍に見える。
その横顔には、焦りも、恐怖も、そして希望すらも浮かんでいない。
あるのは「無」。
まるで精密機械のように、感情を排除し、音符だけを積み上げている。
――逃げたい。
1曲目のデータが完成に近づく。
美しい旋律。
けれどそれは、彼の魂が削り取られた残骸のようにも見えた。
地上の数万人が光の中で熱狂している頃。
一人の少年は、誰にも届かない闇の中で、自らの心をインクにして譜面を書き続ける。




