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vol.219 極彩色の地上、灰色の空

 12月31日。

 午後7時15分。

 JHKホール。


「第49回年末歌合戦、いよいよ開演です!」


 司会者の高らかな宣言と共に、ファンファーレが鳴り響く。

 煌びやかな衣装、眩い照明、割れんばかりの拍手。

 日本で一番華やかな夜が始まった。


 ♪ ♪ ♪


 ネット上は、開演と同時に大爆発していた。


『始まったぞおおおお!』

『ヘリ中継きたwww』

『SynapticDrive本当に来るのか!?』

『間に合わなかったら伝説(事故)』

『#けんたろう逃げてまだ生きてる?』


 そして、案の定。

 セブ・直山の緊急配信が、秒で回り始める。

 画面の向こうで、直山の顔が真っ赤だった。


「始まったぞおおおおお!!

 てめえら、見てるか!!

 年末歌合戦だ!!

 国民行事だ!!

 その舞台に!

 いま!

 ヘリで殴り込みに来るバンドがいる!!」


 直山は机を叩き、息も継がずに叫ぶ。


「SynapticDriveは本当に登場するのか!?

 新曲3曲はマジであるのか!?

 それとも謝罪会見か!?

 土下座か!?

 おいJHK!

 カメラ回しっぱなしにしとけよ!!」


 コメント欄が火事になる。


『直山うるせえw』

『でも見たいw』

『ヘリ映像もっと映せ!』

『ユージがまた余計なこと言う予感しかしない』


 心配が、エンタメとして加熱していく。

 この国は、天才の消耗も実況できる。


 ♪ ♪ ♪


 トップバッターは、Dream Jumps。

 ステージ袖でスタンバイする彼女たちは、緊張と興奮で頬を紅潮させていた。


「けんたろうくんの曲で、この場を歌えるなんて……夢みたい」


 センターのめぐみが、胸に手を当てて呟く。

 彼女の明るい茶色のロングヘアが、照明を反射してキラキラと輝いている。


「でも、けんたろうくん、間に合うのかな……」


 めぐみの視線が、モニターに映る小さなヘリコプターに向けられる。

 そこにあるのは純粋な心配だけだ。


「Dream Jumpsの皆さんです!お願いします!」


 司会の声に背中を押され、彼女たちは光の中へ飛び出した。

 イントロが鳴り響く。

 『Magic of Dream』。

 幸福感に満ちた、極上のポップチューン。


【泣きそうな朝でも笑ってみよう

 強がりでもいいじゃん歌があるのなら】


 めぐみの歌声は太陽そのものだ。

 その隣で、小柄なゆずが愛嬌たっぷりにウインクを飛ばす。


【教室のすみっこで小さく丸まった

 昨日の私にサヨナラ告げて】


 すらりとした長身のりおが、キレのあるダンスでステージを彩る。

 ピンク色のボブヘアが可愛いももの力強いコーラスが重なり、最年少ながらしっかり者のあいが、リズムを完璧に支える。


【「大丈夫」って言える私になりたい

 ひとりで抱えたため息の重さ

 メロディに乗せたら軽くなる気がした】


 歌詞の一言一句が、聴く人の背中を押す。

「ひとりで抱えなくていい」という優しいメッセージ。

 しかし皮肉にも、その曲を作った本人は今、たった一人で巨大な重圧を抱えている。


【Magic of Dream! 叫べ! 心の空へ

 君の涙を光に変えるよ】


 サビで会場が一体となり、ペンライトの海が揺れる。

 数千万人の視線を集め、愛されるために作られた音楽。

 それは間違いなく「光」だった。


 その眩しさを、Midnight Verdictの楽屋モニターが見つめていた。


「けんたろうちゃん……」


 けいとは、祈るように両手を組んでいる。


「ユージ、バカすぎるだろ!

 何考えてんだよ!」


 あやが毒づく。


「けんたろうちゃん、大丈夫かしら。

 ちゃんと休めてるのかしら……」


 さやかも不安げだ。


「……今日は荒れるな」


 かおりがボソリと呟く。


「まー、あの二人のことだし?

 伝説作っちゃうんじゃない?

 逆に遅刻して目立つ作戦だったりしてー」


 ひなたは明るく振る舞うが、その目は笑っていない。


 そんな中、こはるだけが、不思議な表情でモニターを見つめていた。

 ふわふわとした天使のような彼女。

 その視線は、ヘリコプターの光点を優しく撫でるようだった。


「……ねえ、みんな」


 こはるが、鈴のような声で囁く。


「大丈夫だよ。

 きっと間に合う。

 だって、今のけんたろうちゃん、すっごく綺麗だもん」


「え?綺麗?」


「うん。

 余計なものが、全部なくなってく感じ。

 重たい荷物とか、迷いとか。

 そういうのを全部置いて、音だけになって空を飛んでる気がするの」


 その言葉に、けいとは一瞬だけ、背筋が寒くなるのを感じた。

 全部置いて?

 音だけになって?

 それはまるで、彼が彼でなくなってしまうような……。


 けいとの不安をよそに、モニターの中のヘリコプターは、闇の中を黙々と進んでいた。


 ♪ ♪ ♪


 上空1000メートル。

 ヘリコプターの機内。


 ヘリの中は、音が暴力だった。

 耳が潰れそうな轟音。

 ヘッドセット越しでも、低い振動が骨に残る。

 地上の歓声など、ここには届かない。


 膝の上のノートPCが揺れて、カーソルが小さく跳ねる。

 画面は白いまま。

 僕の喉も、同じ色をしていた。


 ユージは向かいの席で、さっきまでの“穏やかな敗北”を引きずっている。

 謝る準備をした人の目だ。

 土下座を先に決めた人の目。


 綾音さんは、腕時計とスマホと機長の背中だけを見ていた。

 僕らが何をするかじゃない。

 何時に着くか。

 それだけ。


「……中継、入ったみたいですね」


 綾音さんが事務的に言う。

 【今】が、もう番組になっている。


 僕は口を開くのも億劫で、ただうなずいた。

 胃が、何か硬いものに握られている。


 作業は淡々と進む。

 苦悩も、焦燥も、表には出ない。

 それらはすべて、内側へ内側へと沈殿し、音の結晶に変わっていく。


 東京の灯りは、まだ遠い。

 少年は静かに、闇の中を進んでいく。

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