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vol.216 枯渇

 12月30日。夜。

 大阪城ホール。


 床が抜けるんじゃないか。

 一万人の観客が同時に飛び跳ねる振動は、もはや地震。

 SynapticDriveの『逆徴収ツアー』セミファイナル。

 大阪の客は、熱量が違う。

 音を食べる勢いで暴れ、歓声をぶつけてくる。


 僕の指先から放たれるシンセサイザーの電子音が、レーザービームのように会場を切り裂く。

 ユージのギターが唸る、叫ぶ。

 綾音さんが舞台袖で祈るように見守る中、僕たちは駆け抜けた。

 汗が目に入る。

 痛い。

 耳がキーンとして、観客の声がガラスみたいに刺さる。

 でも、意識は妙に冷めていた。


(……明日、終わるな)


 頭の片隅で、冷静な僕がつぶやいている。

 昨日の名古屋公演の後、社長がチャーターしたヘリコプターの手配がついた。

 明日の福岡ドームでのカウントダウンライブを終えたら、そのまま空路で東京へ。

 物理的な移動手段は、金とコネで解決したわけだ。


 だが、金で買えないものがある。

 アイデアだ。


 ライブは中盤戦。恒例のMCタイムに入った。


「みんな!

 楽しんでるか!?」


 ユージが汗だくの顔で叫ぶ。

 「ウォー!!」という怒号のようなレスポンス。

 ユージは満足げにペットボトルの水をラッパ飲みし、満面の笑顔。


「大阪はやっぱ最高だな!

 ノリが違うぜ!

 よし、今日は特別だ。

 質問コーナーやるぞ!

 俺たちに聞きたいことあるやつ、手ェ挙げろ!」


 その瞬間、アリーナからスタンドまで、竹林のように無数の手が伸びた。

 嫌な予感。

 背筋を冷たいものが走り抜ける。

 みんな、聞きたいことは一つしかないはずだ。


「お、そこの派手な姉ちゃん!

 元気いいな、言ってみろ!」


 ユージが指名したのは、最前列で特攻服のようなハッピを着た女性ファンだった。

 彼女は係員からマイクを受け取ると、鼻息荒く叫んだ。


「ユージさん!

 けんたろうくん!

 明日のJHK年末歌合戦、新曲3曲やるってホンマですか!?」


 ドッ、と会場が沸く。

 やっぱり、それか。


「期待してええんですよね!?

 神曲3連発、待っててええんですよね!?」


 彼女の目は血走っていた。

 期待と興奮で、瞳孔が開いている。

 会場中の視線が、一点に集中した。

 ユージじゃない。

 僕だ。

 一万人の眼球が、僕を見ている。

 「当然できてるよな?」という無言の圧力。

 物理的な重量を持って僕の肩にのしかかる。


 僕は震える手でマイクを握った。

 嘘をつけば、楽になれるかもしれない。

 「任せろ」と笑えば、この場は盛り上がるだろう。

 でも、明日の夜にはバレる嘘だ。


 喉が張り付く。

 胃酸が逆流しそうだ。

 視界が少しにじんだ。


「……あの」


 マイクを通した僕の声は、情けないほど震えていた。


「……まだ、1曲もできていません」


 一瞬、時が止まった。

 歓声も、ざわめきも、空調の音さえも消えた。

 完全なる静寂。

 僕の告白は、あまりにも生々しかったらしい。

 シルエットをはさみ、僕はただ立ち尽くす。

 泣きそうになるのを必死で堪えていた。

 天才プロデューサー?

 笑わせるな。

 今はただの、納期に追われて死にかけている高校生だ。


 その沈黙を破ったのは、隣にいた相棒だった。


「は?」


 ユージが素っ頓狂な声を上げた。

 彼は本気で驚いた顔をして、僕に詰め寄った。


「マジで!?

 いやいや、嘘だろ?

 お前ならほら、移動中の車とかでさ、ブワァーッて降りてきて、ガガガーッて作れるんじゃねーの!?」


 ユージの両目が飛び出しそうになっている。

 本気の目だ。

 本気で「天才なら魔法みたいに曲が作れる」と信じていたんだ。

 僕が削っている命や睡眠時間なんて、想像もしていなかったんだ。


 その無邪気すぎる残酷さに、僕が言葉を失っていると――。


「「「アホかーー!!!」」」


 会場が爆発した。

 一斉射撃のようなブーイング。

 ターゲットは僕じゃない。ユージだ。


「ユージ!お前が鬼や!」

「無茶振りしすぎなんじゃボケ!」

「けんたろうくんが可哀想やろがい!!」

「ちゃんと休ませたれ!」


 大阪のファンは情に厚い。

 そして、ダメな男には容赦がない。

 さっきまでの熱狂が、ユージへの説教タイムへと変わった。


「え、あ、いや……俺はてっきり……」


 天下の暴君・ユージが、一万人の説教にタジタジになっている。

 頭をポリポリとかきながら、バツが悪そうに視線を泳がせている。

 僕はその光景を見て、少しだけ溜飲が下がったけれど、現実は何も変わらない。

 ゼロはゼロのままだ。


 ♪ ♪ ♪


 ライブ終演後。

 楽屋に戻った僕を待っていたのは、さらなる地獄だった。

 スマホを開くと、通知が止まらない。

 SNSのトレンドに『#けんたろう逃げて』『#新曲ゼロ』が入っている。


 あのセブ・直山が、早くも緊急動画を上げていた。


【緊急速報!SynapticDrive、放送事故確定か!?】

「おい!

 これどうするんだよおおお!

 新曲3曲って大風呂敷広げておいて、前日に何もできてないってどうするんだよ、これえええ!

 これ、放送事故確定演出だろおおお!」


 サムネイルには、ステージでうなだれる僕と、白目をむいているユージの加工画像。

 コメント欄は祭り状態だ。


『ユージ鬼畜すぎて草』

『けんたろう、今すぐ逃げろ』

『逆にこれ、明日何も演奏しなかったら伝説になるな』

『放送事故RTA』

『けんたろうが涙の告白「1曲もできてない」!』

『ユージの無茶振りに全米が泣いた!』

『これ、明日のJHKどうなんの!?』

『謝罪会見の準備しといた方がいいぞwww』


 直山は冷静になり、続ける。


「妥協案として、最新ヒットのさざなみ、Synaptic DriveのブレイクのきっかけになったFIRE ON THE MERCURY。

 そして国民全員がサビを歌えるCAKEの3曲ってパターンになるんじゃねぇかって思うんだ!!」


 世界中が、僕のデスマーチをエンタメとして消費している。

 笑えない。

 本当に笑えない。


「……どうすんだよ、これ」


 ユージがスマホを覗き込みながら、カップラーメンをすすっている。

 メンタルが鋼すぎるだろ。


「ユージのせいだぞ」


「悪かったって!

 ……で、出そうか?

 アイデアは」


 ユージが真顔で聞いてきた。

 僕はソファに深く沈み込み、天井のシミを見つめた。

 頭の中は、乾いた雑巾みたいにカサカサだ。


「……出そうにない。

 これっぽっちも」


「そっか」


 ユージはズルズルと麺を吸い込んだ。


「最悪、他の曲を歌うか。

 国民には俺が謝るよ」


 ユージはいつものニヤけ面を消して、静かに言った。 

 ため息をつく。

 でも、不思議と胃の痛みは少し引いていた。

 「できてない」と口に出してしまったことで、変な開き直りが生まれたのかもしれない。


 明日は大晦日。

 福岡で暴れて、空を飛んで、東京へ殴り込む。

 手ぶらで。


 僕の青春は、ブレーキの壊れたジェットコースターに乗って、破滅的なフィナーレへと加速していく。

 窓の外、大阪の街の灯りが、残酷なほど綺麗だった。

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