表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
223/239

vol.215 大風呂敷と、致命的なタイムラグ

 12月29日。

 ナゴヤドーム。

 Synaptic Drive『逆徴収ツアー』。

 熱気は、天井を突き破らんばかり。

 人の熱って、ここまで物理的なんだな……と、僕はステージ袖でいつも思う。


「みんな!

 今日は最高に盛り上がってるか!?」


 ユージが叫ぶ。

 地鳴りのような歓声が返ってくる。

 汗だくの彼は満足そうに頷き、ニヤリと笑う。


「今日は、みんなにとっておきのニュースがあるぜ!」


 会場がざわつく。

 新曲か?

 追加公演か?

 ユージは勿体ぶるように一拍置き、高らかに宣言する。


「なんと!

 Synaptic Drive——」


 ためる。

 上手い。

 客席が息を止めるのが分かる。


「大晦日のJHK年末歌合戦に……出場決定だぜ!!」


 一瞬の静寂。

 その直後、爆発音のような歓声がホールを揺らす。

 ファンたちが抱き合い、中には泣き崩れる者もいる。

 僕もキーボードブースから、深々と頭を下げた。

 代打とはいえ、みんなが望んでくれた結果だ。


 悔しさを飲み込んだ場所から、土壇場で届いた招待状。

 ドラマみたいだ。

 ……ドラマなら、ここで気持ちよく終わるはずなのに。


 ここまでは、最高だった。

 そう、ここまでは。


「そしてな!」


 ユージがさらに声を張り上げる。

 嫌な予感。


「せっかくJHKに乗り込むんだ。

 普通の曲じゃ満足しねえだろ?

 俺たちのスーパープロデューサー・けんたろうが作った新曲を……そうだな」


 いや、やめろ。

 その「そうだな」は危険な香りしかしない。


「3曲くらいぶちかましてやるよ!」


 ドッ!と会場が湧く。

 大爆笑と大喝采。

 しかし、僕の顔からはサーッと血の気が引いていた。


(3曲?今から?明後日だぞ?)


 ツアーのために毎日新曲を書き下ろして、もうストックなんて一滴も残っていない。

 なのにユージは「余裕だろ?」と言いたげな顔で僕を見て、親指を立てている。

 会場の期待の眼差しが、物理的な圧力となって僕にのしかかる。

 胃が痛い。

 キリキリと音を立てて痛む。


 しかし、悪夢はそこで終わらない。


「3曲も聴けるのー!?」

「最高ー!!」


 盛り上がりが最高潮になった、そのとき。


 最前列のど真ん中。

 いつも来てくれてる感じの、顔を見たことあるファンが、両手を口に当てて叫んだ。


「でもユージ!

 31日は福岡ドームで夜ライブなのに、どうやってJHKホール行くんですかー!?」


 ……え?


 ユージの笑顔が固まる。

 僕の手が鍵盤の上で止まる。

 袖にいた綾音さんが、バインダーを取り落とすのが見えた。


 そうだ。

 大晦日は、福岡ドームでのカウントダウンライブだ。

 そして、ツアーファイナル。

 JHKホールは東京・渋谷。

 その距離、約1000キロ。


「……あ」


 マイクを通したユージの素っ頓狂な声が響く。

 会場から「えーw」という笑いが漏れるが、僕たちは笑えなかった。

 物理的に、間に合わない。


 ♪ ♪ ♪


 終演後の楽屋は、お通夜のようだった。


 ユージはタオルを首にかけたまま、床に座っている。

 綾音さんはスケジュール表とにらめっこして、目の下のクマが濃くなってる。

 社長は相変わらず、みかんを剥いている。

 平常運転なのが逆に怖い。


「……確認不足でした」


 綾音さんが青ざめた顔で言った。


「JHK側は『福岡からの中継でもいい』と言っていますが……」


「中継?ダメだ」


 ユージが即答した。


「それじゃあ『逆徴収』になんねえ。

 あいつらのスタジオに飛び込んで、直接音を鳴らしてこそだろ」


「気持ちは分かりますけど、物理的に無理です!

 新幹線も飛行機も、ライブが終わってからじゃ終電も最終便もありません!」


 綾音さんの悲痛な叫び。

 沈黙が落ちる。

 やはり、辞退しかないのか。

 せっかくファンに発表したのに。


「……飛ばすか」


 部屋の隅で、みかんを剥いていた社長が口を開いた。


「え?」


「ヘリ」


 社長はみかんの筋を丁寧に取りながら、とんでもないことを言った。


「福岡ライブ、少しだけ前倒すんだ。

 時間が押さないようにしろ。

 終演したらそのままヘリ。

 で、渋谷に降ろす。

 ……金?

 なんとかなるだろ」


 全員がポカンとした。


「……それ、間に合うんですか?」


「五分五分だろう。

 風向き次第だな」


 社長はニヤリと笑った。


「面白いじゃないか。

 お前たちの伝説作りには、それくらいのリスクがなくちゃな」


 ♪ ♪ ♪


 移動の車内。

 僕は膝の上でノートPCを開いていた。

 スマホには、セブ・直山の緊急配信の通知が来ている。

『伝説確定!福岡から東京へ、前代未聞の大移動!間に合うのか!?』


 直山は配信で叫んでいる。


「おいおいおい!!

 伝説の年末になったぞ!!

 福岡ドームでライブして、JHKホールで年末歌合戦とか、どんなRTAだよ!

 これ成功したら、マジで神話だ!!」


 コメント欄が「やれ!」「無理だろ!」「見たい!」で燃えている。

 強くなる包囲網。

 世間が期待という名の重りをさらに積む。


 綾音さんがこめかみを押さえる。


「……拡散、早すぎですよ……」


 退路は断たれた。


 さらに、けいとさんからのメッセージも届いていた。


『ニュース見たわよ。本当に大丈夫なの?無茶しすぎないでよ……』


 文面から、彼女の心配が痛いほど伝わる。

 ごめん、けいとさん。

 また心配をかけて。


 移動手段は何とかなる……かもしれない。

 でも、最大の問題はそこじゃない。


 ――新曲3曲。


 白い画面を見つめる。

 カーソルが点滅している。

 指が震える。

 アイデアが枯渇している。

 脳みそが絞りカスだ。

 でも、書かなきゃいけない。

 ユージが言ったんだ。

 「スーパープロデューサー」だと。


「……やるよ。

 やるしかないんだ」


 小さく呟き、キーボードを叩き始める。

 JHKホールでの出番は、おそらく番組の最後の方になるだろう。

 それまでに、移動し、曲を書き、リハなしで演奏する。


 狂乱の年末へ向け、僕の消耗戦が始まった。

 窓の外を流れる夜景が、光の帯になって後ろへ飛び去っていく。

 その眩しさが、今はただ痛い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ