vol.214 逆徴収の果て、予想外の招待状
JHK『年末歌合戦』落選のニュースは、結果的に最高の燃料になった。
僕たちSynaptic Driveが打ち出した
『こっちから電波送ってやるよ! 逆徴収ツアー』
は、全国各地で異常なほどの熱狂を生んでいた。
「お前らー!
元気かあああ!!」
ステージの上、ユージがマイクスタンドを掴んで叫ぶ。
スポットライトを浴びた彼は、水を得た魚のように輝いていた。
「俺たち、JHKにはハブられたけど!
お前らがいれば何もいらねえ!
今夜は俺たちが受信料払ってやるよ!
ありったけの愛と、最高の音でな!」
会場が揺れるほどの大歓声。
僕はシルエットの中から、その光景を眺めていた。
ユージの言う通りだ。
テレビの向こう側じゃなく、今ここで汗を流している彼らこそが、僕たちの音楽を本当に必要としてくれている。
今回のツアーで、僕は無茶な計画を実行していた。
『毎公演、新曲を披露する』。
それもデモレベルではない。
即リリースできるクオリティの完成品を、だ。
睡眠時間を削り、移動中もノートPCを膝に置いて。
僕は、毎公演、新曲を用意した。
「……次の曲は、今日のために書いてきた新曲です」
僕がイントロを弾き始めると、客席からどよめきが起きる。
ネット上では既に祭状態だ。
『また神曲かよ』
『けんたろうの才能が枯れない』
『歌合戦落選が逆にブーストになってる』。
称賛の声は嬉しい。
でも、楽屋に戻ると、僕は泥のようにソファへ沈み込む。
テーブルの上には、栄養ドリンクの空き瓶が林立していた。
「おい、けんたろう……」
汗を拭きながら、ユージが心配そうに覗き込んでくる。
「お前、また痩せたな?
ちゃんと飯食ってるか?」
「うん、大丈夫だよ。
アドレナリン出てるからさ」
僕は作り笑いで返す。
大丈夫。
まだ動ける。
指先が冷たいだけだ。
止まったら、沈んでしまうから。
泳ぎ続けるしかないんだ。
♪ ♪ ♪
ツアー先のホテルの窓辺。
夜景を見下ろしながら、僕はスマホを耳に当てていた。
スピーカーの向こうから、愛しい人の声。
「けんたろうちゃん、生きてる?
ネットですごい評判じゃない」
けいとさんだ。
彼女の声を聞くだけで、張り詰めていた神経が少しだけ緩む。
「うん……なんとかね。
けいとさんたちはリハ?」
「ええ。
JHKホールって、独特の緊張感があるわね。
……でもね、正直言うと」
彼女の声のトーンが、少しだけ柔らかくなった。
「あんたたちがいない歌合戦なんて、ちょっと物足りないわ」
その言葉に、胸が熱くなった。
彼女も、僕たちと一緒に立ちたかったと思ってくれている。
「でも、逆に出ない方が、Synaptic Driveっぽくてかっこいいかもね。
権力に媚びないアウトローな感じでさ。
あんたたちのそういうとこ、嫌いじゃないわよ」
彼女なりの慰め。
でも、それは僕の心の一番深い場所に届いた。
落選して惨めだと思っていた自分を、肯定してもらえた気がした。
「ありがとう。そう言ってもらえると、救われるよ」
「ふふ。お正月は、二人でゆっくり過ごそうね。
美味しいお雑煮、作ってあげるから」
「うん、楽しみにしてる」
通話を切った後、僕は久しぶりに深く呼吸ができた気がした。
あと少し。
このツアーを走り抜ければ、安らぎが待っている。
♪ ♪ ♪
しかし、運命というのは残酷なまでに予測不能だ。
12月29日。ツアーファイナル直前。
僕たちが楽屋で準備をしている時、ネットニュースの速報が飛び込んできた。
『速報:年末歌合戦出場予定のロックバンド、ボーカル急病のため辞退』
世間が騒然とする中、綾音さんの携帯が鳴り響いた。
表示された相手の名前を見て、彼女の顔色が変わる。
『JHK編成局長』。
「……はい……え?
Synaptic Driveに、ですか……?」
綾音さんの声が裏返る。
僕とユージは顔を見合わせた。
まさか。
電話を切った綾音さんの手が、小刻みに震えている。
彼女はゆっくりと顔を上げ、信じられないという表情で僕たちに告げた。
「……オファーが来ました!
代打出場です!」
時が止まったようだった。
一度は突き放された場所からの、土壇場での招待状。
「はあ!?
今さら!?」
ユージが叫んだ。
「散々ハブっといて、困った時だけ頼るのかよ!
都合良すぎんだろ!」
僕も戸惑いを隠せなかった。
ツアーで「反骨精神」を見せてきたのに、ここに来て手のひら返しで出るのか?
それはファンへの裏切りにならないか?
昨日まで「テレビよりライブだ」と叫んでいた僕たちが、今日になってテレビへ向かう。
逃げているみたいで、信念がないみたいだ。
しかし、綾音さんは真剣な眼差しで言った。
「向こうも必死なのよ。
ネットの声に負けたの。
『今、代わりを務められるのは、Synaptic Driveしかいない』って。
これは、あなたたちが実力でもぎ取ったオファーよ」
その言葉に、ユージが黙り込んだ。
数秒の沈黙の後、彼の口元がニヤリと歪んだ。
「……面白え。
JHKが俺たちに頭下げたってことか」
ユージはバシッと手を叩いた。
「なら、行ってやろうじゃねえか。
最高の『逆徴収』しにな!
全国の茶の間に、俺たちの音を叩き込んでやるよ!」
ユージの目に火が点いた。
僕も腹を括った。
予測不能なジェットコースター。
その終着点は、まさかの大晦日のJHKホール。
けいとさんとの「ゆっくりしたお正月」は、もう少し先。




