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vol.213 Kの勝利、僕の敗北

 年末の風物詩、JHK(ジャパン放送局)『年末歌合戦』。

 その出場歌手発表の瞬間は、音楽業界全体が息を止める時間だ。

 Rogue Soundの事務所に、やたらと「年末」っぽい空気が漂っていた。


 ソファには僕とユージ。

 パソコンデスクの前に綾音さん。

 社長はなぜかお皿にみかんを山盛りにして、ドヤ顔で置いていた。

 祝いのつもりらしい。

 こういう人だ。


「……続いては、紅組!」


 アナウンサーの声が響く。


「Midnight Verdict!」


「よおぉし!」


 ユージが拳を力強く握る。

 僕も思わず拍手をする。

 けいとさんたちの出場は当然だとしても、やはり嬉しい。


「一条零!」


 やはり。

 『A NEW ERA』は社会現象になった。


「Dream Jumps!」

「藤原しずく!」


 次々に読み上げられる名前。

 そのすべてが、僕――いや、「K」が楽曲を提供したアーティストたちだ。

 誇らしさと同時に、胸の奥で奇妙な感覚が渦巻く。

 僕の作った子供たちが、晴れ舞台へと旅立っていく。

 まるで、親である僕だけを置き去りにして。


「……以上、今年の出場歌手の皆様でした」


 アナウンサーが淡々と締めくくる。

 僕たちの耳は、最後まで『Synaptic Drive』という名前を捉えることはなかった。


 沈黙。

 綾音さんが口元を押さえ、ユージが固まっている。


 ――落選。

 

 年末の『さざなみ』の大ヒット。

 いや、デビューからヒットを連発で駆け抜けてきた。

 チャートのアクション。

 話題性。

 どれをとっても確実だと思われていたのに。


「……まじかよ」


 ユージが絞り出すように言った。


 ♪ ♪ ♪


 ネット上は、すでに大爆発していた。


『は!?Synaptic Driveがいない!?冗談だろ!?』

『JHK無能すぎ!今年の顔だぞ!?』

『「さざなみ」聴いてないのかよ!』


 僕がスマホを見ると、いつものYouTuberたちも緊急動画を上げていた。

 まずは『セブ・直山』。

 顔が真っ赤だ。


「ふざけんなよおおお!!

 なんでだよ!

 今年一番泣いた曲だぞ!?

 え、もしかしてアレか?

 ユージのアレが原因か!?」


 直山が勢いで貼ったリンク先には、過去のバラエティ番組の切り抜き動画があった。

 そこには、若気の至り(といっても数ヶ月前だが)で暴走するユージの姿。


『JHKだぁ?

 勝手に電波送りつけて金徴収するヤクザだろ!

 だったら、こっちから電波送って、逆に徴収してやるよ!

 わっはっは!』


 ……ああ。思い出した。

 あの時、スタジオが凍りついたのを鮮明に覚えている。

 綾音さんが顔面蒼白で電話していたのも。


 一方、『ザッツ小泉』は冷静だった。


「残念ではありますが……構図としては美しいかもしれません。

 出場者のラインナップをご覧ください。

 Midnight Verdict、一条零、Dream Jumps、藤原しずく……。

 今年、このステージを影で支配しているのは、間違いなく作曲家【K】氏です。

 最も多く年末歌合戦に出た男は、出演者ではなく、彼なのかもしれません」


 その分析は、僕の心をえぐるような鋭さを持っていた。

 そう。

 Kは勝った。

 でも、Synaptic Driveは負けたのだ。


 ♪ ♪ ♪


 綾音さんが廊下から戻ってきた。

 電話をしていたようだ。

 その表情は、疲労と諦めで満ちていた。


「……JHKの編成担当と話したわ。

 あくまで『総合的な判断』の一点張りよ。

 でも、暗に言われたわ。

 『品位』って言葉をね」


 その一言。

 氷みたいに胸に落ちて、全てを察した。

 やはり、ユージの「ヤクザ発言」が尾を引いているのだ。

 JHKのブラックリストに入ってしまったらしい。


「あー……やっぱソレかぁ」


 ユージがバツが悪そうに頭を掻いた。

 スタジオの空気が重くなる。

 僕たちの努力が、そんな理由で流されるなんて。


「……まあ、正直ちょっとホッとしてる自分もいるよ。

 年末年始、休めるし」


 僕は努めて明るく言った。

 これは半分本音だ。

 今の疲れた精神状態で、あの巨大なステージに立つ自信がなかったから。

 でも、もう半分は強がりだった。

 けいとさんや零さん達と、同じ舞台に立ちたかった気もちはある。


「……いや!」


 突然、ユージが立ち上がった。


「落ち込んでもしょうがねえ!

 むしろ好都合だろ!」


「は?」


「JHKに出れねえなら、俺たちで祭りやりゃいいんだよ!

 全国ツアーと丸かぶりしてんだからさ!

 名付けて『こっちから電波送ってやるよ!逆徴収ツアー』だ!」


 あまりの馬鹿馬鹿しさに、綾音さんが「ぶっ」と吹き出した。

 僕も思わず力が抜けた。


「なんだよそれ。

 また怒られるよ」


「いいんだよ!

 俺たちは怒られてナンボだろ!」


 ユージは僕の肩をバシッと叩いた。

 痛いけど、温かい。


「テレビの向こうの誰かより、目の前のファンのために歌う。

 俺たちの音を、直接ぶつける。

 そっちの方が俺たちには似合ってるだろ?」


 真っ直ぐな瞳。

 ユージの言葉は、いつも僕を正しい場所に引き戻してくれる。

 そうだ。

 僕たちはライブハウスから始まったんだ。


「……そうだね。

 僕たちはライブバンドだもんね」


「そーゆーこと!

 ま、共演したかったのは分かるけどな。

 でも考えてみろよ、けんたろう。

 けいとちゃん、零ちゃん、しずく姐さん、Dream Jumps……

 全員揃った楽屋にお前が入ったらどうなる?」


 ユージが意地悪くニヤリと笑った。


「……あ」


「地獄の修羅場だぞ?

 『五重の華』事件の再来だ。

 また俺が白目剥いて倒れちまう」


 想像しただけで胃が痛くなる。

 確かに、それはそれで命の危険がある。


「……ユージ、ありがとう。

 なんか救われたよ」


「おう、礼なら高い焼肉でいいぞ。

 またヒットを当てて、うまいもん食べようぜ!」


 スタジオに笑いが戻った。

 でも、僕は知っている。

 ユージが一瞬だけ見せた、悔しそうな横顔を。

 彼は僕のために、道化を演じてくれたのだ。


 僕たちは切り替えた。

 年末の大舞台には立てない。

 でも、僕たちの音楽を待ってくれている人がいる場所へ行く。

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