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vol.209 BPM165の求愛

 スタジオの空気が、熱気を帯びる。

 ただし、音楽的な熱気ではない。


 一人の男――

 つまり僕――

 を肴にした、愛ある「尋問」の熱気。


「ウチのスーパープロデューサーはモテモテだからな!」


 ユージがニヤニヤしながら、ギターのピックで僕の肩をつつく。


「や、やめてよ……!」


 僕の抵抗は無視された。

 ユージは楽しそうに指を折り始める。


「まず、藤原しずく。

 『ASUKA』を提供して、演歌とユーロビートを融合させた。

 今じゃテレビの常連だもんな!」


「うっ……」


 けいとさんの眉がピクリと動く。


「次に、Dream Jumpsの『Magic of Dream』。

 センターのめぐみちゃんは、お前より年下で、キラキラしてて、超可愛いよな。

 あんな子に『けんたろうくん凄いですぅ!』なんて言われたら、男ならイチコロだろ?」


「あわ、あわわ……」


 ひなちゃんが「けいと、姉さん女房大丈夫?」とクスクス笑う。


「極めつけは、一条零。

 『A NEW ERA』で歴代記録更新。

 ミステリアスな美女と、二人三脚で歴史を作ったわけだ」


「へぇ……」


 けいとさんの声が、地を這うように響く。


「色気のある演歌歌手に、キラキラした年下アイドルに、ミステリアスな歌姫。

 ずいぶんと、豪華なラインナップね」


「ち、ちが……誤解だよ、けいとさん……!」


「何が誤解なの?

 事実は事実でしょう?」


 彼女は一歩踏み出し、僕の襟首を掴んだ。

 怒っている。

 でも、その目は潤んでいて、拗ねているようにも見える。


「私だけよ。

 けんたろうちゃんの曲をもらってないのは、この中で私だけ!」


 その叫びに、あやさんが吹き出した。


「ぶっ、あははは!けいと、必死すぎ!」

「顔真っ赤じゃん!可愛い~!」

「もう、素直におねだりすればいいのに~」


 メンバー全員が、けいとさんを指差して笑う。

 けいとさんは「うるさいわね!」と顔を赤くして怒鳴り返すが、みんな止まらない。


 騒がしい。

 カオスだ。


 嫉妬と、冷やかしと、笑い声が混ざり合って、スタジオの中で渦を巻いている。


「ねぇ、けんたろうちゃん!」


 あやさんが僕の背中を叩いた。


「作ってよ!

 私たちにも、その豪華な女たちに負けない曲をさ!」


「そうよ!Midnight Verdictにもちょうだい!」

「私たちが一番でしょ!?」


 みんなが僕を取り囲む。

 期待の眼差し。

 けいとさんの、涙目混じりの睨み。


 ……あ。


 その喧騒の中で、僕の脳内に火花が散った。


 しずくさんには「情念」を。

 めぐみちゃんには「夢」を。

 零さんには「革命」を。


 それぞれの個性に合わせた曲を作ってきた。


 じゃあ、彼女たちは?


 こんなに騒がしくて、遠慮がなくて、僕をいじり倒して。

 でも、誰よりも温かい。


 最強のお姉さんたち。


 彼女たちに必要なのは、湿っぽいバラードじゃなくって……

 この「カオスな熱量」をそのまま燃料にして、成層圏までぶっ飛ぶような――。


「……どいて」


 僕は呟いた。


「え?」


「どいて!」


 僕はけいとさんを(優しく、しかし強引に)押しのけ、シンセサイザーの前へ滑り込んだ。

 電源を入れる。


 僕の目はもう、泳いでいない。

 「K」の目。


 スタジオの空気が凍りつく。

 さっきまでの弛緩した空気が一変し、全員が息を呑んで僕を見つめる。


 指先が鍵盤を叩く。


 ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャァーーーン!!


 鋭いシンセブラス。

 BPMは165。いや、もっと速くてもいい。

 ブレーキなんていらない。

 このお姉さんたちを制御しようなんて思うな。

 高く高く、止まらずに。


「ユージ!

 ギター!」


「お、おう!」


 渡されたギターをかき鳴らす。

 歪んだディストーションサウンド。

 クールで、攻撃的で、それでいて泣けるメロディ。


「これだ……」


 僕は夢中で音を紡いだ。

 背中越しに、みんなの視線を感じる。

 驚愕。

 興奮。

 そして信頼。


 タイトルは『Reach out far』。


 サビのメロディが出来上がる。

 完璧だ。


 でも、間奏にあと一つ、決定的な「爆発」が欲しい。

 シンセでもギターでもない、人間の息吹が。


 僕は手を止めずに、振り返った。

 視線の先には、リズムに合わせて指を動かしている天使がいた。


「こはるちゃん」


 僕の声が、スタジオの静寂を切り裂く。


「えっ、は、はい!?」


「サックス、吹けるよね?」


 全員が目を見開いた。

 こはるちゃんが息を呑む。


「えええ!?

 なんでけんたろうちゃん、知ってるの~!?」


「指。

 動いてたよ。

 それに、こはるちゃんのブレスの仕方、管楽器っぽい」


「うそ……誰にも言ってないのに……」


「この間奏、こはるちゃんのサックスが必要だ。

 機械の音じゃない。

 こはるちゃんの『息』で、この曲を完成させてほしい」


 こはるちゃんは戸惑い、メンバーを見渡した。


 けいとさんが、ニヤリと笑った。

 さっきまでの嫉妬顔は消え、頼れるリーダーの顔に戻っている。


「やりなさいよ、こはる。

 天才Kのご指名よ?」


「……もう!

 久しぶりなんだからね!」


 こはるちゃんは覚悟を決めたように顔を上げた。

 スタジオの隅にあったケースを開ける。


 金色のアルトサックスが、照明を浴びて輝いた。


「いくよ!」


 僕が再生ボタンを押す。

 高速のユーロビート。


 間奏に入った瞬間、こはるちゃんのサックスが咆哮した。


 パァァァァーーーーッ!!


 歪んだ、攻撃的な、それでいて色気のある音色。

 デジタルなビートの上を、生身の音が自在に飛び回る。


 完璧だ。

 これこそが、Midnight Verdictの新しい翼だ。


 演奏が終わると、全員が呆然としていた。


 そして次の瞬間、爆発的な歓声が上がった。


「すっげええええ!!」

「こはる、あんた何隠してたのよ!?」

「最高!超カッコいい!」


 僕は汗だくになりながら、振り返った。

 けいとさんと目が合う。


 彼女は腕を組んだまま、満足そうに頷いた。


「藤原しずくにも、Dream Jumpsにも、一条零にも負けてない。

 これが、私への愛ね?」


 新曲『Reach out far』。


 それは、騒がしくて愛おしい女神たちが、遥か高みへと飛び立つための、最強の翼だった。

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