表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
207/240

vol.199 Magic of Dream

 世界が変わるのに、時間はかからなかった。

 僕が秘密裏に提供したDream Jumpsの新曲『Magic of Dream』は、リリースされた瞬間、音楽シーンという巨大な海に大波を引き起こした。

 街を歩けば、どこからともなくあのイントロが聞こえてくる。

 コンビニの入口。

 駅の階段。

 誰かのスマホの小さなスピーカー。

 イントロの光が、生活に混ざってる。

 ぴかぴかと光るシンセサイザーの音色と、攻撃的なまでにダンサブルなユーロビート。

 チャートの頂点には『Magic of Dream』が輝く。

 そのすぐ下には藤原しずくの『ASUKA』が食らいつく。


 1位と2位を独占する「作曲家K」。

 その正体が、今まさに学校の教室でうたた寝をしている16歳の少年だと、誰が想像できただろうか。


 そして、運命の夜が訪れる。

 音楽番組『ミュージック・フォレスト』

 そのステージ裏で、二つの星が緊急接近していた。


「……あ」


 廊下の向こうから歩いてくる姿を見て、めぐみが足を止める。

 藤原しずく。

 艶やかな漆黒の着物に身を包み、静かに、しかし圧倒的な重力を持ってそこに佇む。


 かつて、とある楽屋で繰り広げられた惨劇。

 「おばさんですよね?」

 「ダブルスコアですよ!」

 めぐみが無邪気な笑顔で言い放ち、しずくのプライドを更地にしたという伝説。

 だが、今の空気を見れば分かる。

 ここにあるのは、単なる先輩後輩の関係ではない。

 「捕食者」と「天敵」の再会だ。


「しずくさん!」


 めぐみは、一瞬の躊躇いのあと、満面の笑みで駆け寄ろうとした。


「先日はありがとうございました!

 けんたろうくんの曲、おかげさまで……」


 だが、その言葉は遮られた。

 マネージャーが慌ててめぐみちゃんの腕を引くよりも早く、しずくの扇子がパチリと音を立てて開いたのだ。


「……あら」


 しずくは、扇子で口元を隠し、眼だけで笑った。

 その笑みは、氷のように冷たく、毒のように甘い。


「Dream Jumpsさん。

 ご活躍ね。

 若さというのは素晴らしいわ。

 無知で、無謀で、怖いもの知らずで」


 しずくの視線が、めぐみちゃんの膝上20センチのミニスカートを舐めるように見る。

 そこには「若さ」への嫉妬と、それを「未熟さ」と断じる大人の傲慢さが同居していた。


「あの曲……あなたたちのお遊戯には、少々もったいない宝石に見えるけれど。

 彼(K)の音楽を理解するには、人生経験が足りないんじゃないかしら?」


 空気が凍りつく。

 それは明確な拒絶であり、宣戦布告。

 『子供はすっこんでなさい』

 言葉の裏に隠されたメッセージが、ナイフのようにめぐみの心を切り裂く。


 だが、めぐみは引かない。

 彼女の笑顔が消え、代わりに強い瞳が宿る。

 かつて無邪気さに逃げていた少女は、もういない。


「……そんなこと、ありません」


 めぐみちゃんは一歩前に出た。

 背後には、りお、ゆず、もも、あい。

 4人のメンバーが、無言でめぐみちゃんを支えるように陣形を組む。


「私たちは、今しか歌えない歌を歌います。

 けんたろうくんと同じ速度で、同じ景色を見て走れるのは、私たちだけですから!」


 その言葉は、しずくの負い目──「年齢差」という絶対的な壁──を再び正確にえぐる。

 しずくの眉がピクリと動く。

 扇子を持つ手に力が入り、骨が軋む音が聞こえた気がした。


「……フッ。

 面白いわ。

 なら、その未熟な足でどこまで走れるか、見せていただきましょうか」


 しずくは優雅に背を向けた。

 その背中は『格の違いを教えてあげる』と語っていた。



「さあ、今夜の目玉!

 禁断のカードがついに実現です!

 チャート1位と2位を独占する、謎の天才作曲家・K!

 その才能を巡り、演歌界の歌姫と、新時代のアイドルが真っ向勝負!

 藤原しずく、そしてDream Jumps、奇跡の共演、スタートです!」


 MCのポッキー田中の煽り文句と共に、スタジオの照明が爆発的に輝く。

 演歌界の女王と、新時代のアイドル。

 けんたろうという一人の少年の才能を巡る、美しくも残酷な聖戦の幕開け。


 Dream Jumpsがステージ中央に立つ。

 めぐみちゃんが、カメラの向こうにいる「僕」を見据えて息を吸い込む。

 イントロが鳴り響いた瞬間、彼女たちは「アイドル」という名の戦闘員になった。



『Magic of Dream』

 泣きそうな朝でも笑ってみよう

 強がりでもいいじゃん 歌があるのなら

 教室のすみっこで小さく丸まった

 昨日の私にサヨナラ告げて


 「大丈夫」って言える私になりたい

 ひとりで抱えたため息の重さ

 メロディに乗せたら軽くなる気がした


 Magic of Dream!叫べ!心の空へ

 君の涙を光に変えるよ

 ひとりじゃないって今すぐ伝えたい

 笑ってほしい ただそれだけで

 Magic of Dream!跳べ!未来のドアまで

 暗い迷路もリズムで走り抜け

 君が笑えば私も笑える

 それが私のMagic of Dream!



 サビに入った瞬間、ステージが変貌した。

「Magic of Dream!」

 めぐみの突き抜けるようなハイトーンボイスが、スタジオの空気を切り裂く。

 それに合わせて、5人のフォーメーションが一瞬で崩れ、また新たな形へと再構築される。


 長身のりおがダイナミックなハイキックを繰り出し、その下を小柄なゆずが滑り込むようにクロスする。

 一糸乱れぬダンス。

 スカートの裾が翻り、スパンコールが流星のように輝く。

 おっとりしたももが、ここでは妖艶なまでの手つきで観客を魅了し、最年少のあいが完璧なリズム感でビートを刻む。


 そしてセンターのめぐみ。

 彼女は今、完全に光の中心となり、会場を照らす。

 しずくの放つ重厚な「情念」を、若さという「光」で焼き払う。

 カメラに向ける指先、弾ける汗、揺れる髪。

 その全てが「今の私を見て!」と叫ぶ。


 『おばさんですよね?』

 かつての無慈悲な言葉。

 いまや確信に変わっていた。

 過去を背負う演歌の女王に対し、未来だけを見て走るアイドルの強さ。

 それは残酷なほどに眩しい。


 歌い終え、決めポーズをとる5人。

 肩で息をするめぐみの顔は、勝利の女神のように美しかった。

 舞台袖で見ているはずのしずくに向けて、そしてテレビの前の僕に向けて、彼女は最高の笑顔でウインクを飛ばした。

 その光は、確かに僕の部屋まで届き、夜を昼に変えてしまったようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ