vol.195 才能は檻なのか
Rogue Soundの社長室。
僕は、自分の耳を疑った。
目の前で、社長が満面の笑みを浮かべている。
まるで、大物を捕まえたばかりのハンターみたいな顔だ。
「……え?」
僕の口から、間抜けな声が出た。
「だから、決定なのだよ。
Dream Jumpsと一条零、二人への楽曲提供だ」
「ええええ!?」
僕は思わず叫んだ。
いつの間に?
なぜ、僕の知らないところで予定が埋まっているんだ?
「ちょ、ちょっと待ってください!
僕、他の人に曲なんて書いたことないですよ!?」
僕が慌てると、社長は楽しそうに笑い、肩をバンバン叩いた。
「フッフッフ……けんたろうくん。
遠慮しすぎだよ。
きみの才能はもう隠せない。
これは天才の運命ってやつさ」
運命。
そんな重たい言葉で逃げ道をふさがないでほしい。
社長の目が「¥」に見えた。
「ほら、けんたろう。
ビビるなよ」
横からユージが入ってきた。
ニヤニヤしながら背中を叩く。
「お前は天才なんだからヨユーだよ。
しずくねーさんの『ASUKA』もお前が作ったじゃん」
「そ、そうだけど……」
「あの曲、今じゃ社会現象じゃねーか。
チャート全部1位だ。
お前は今、誰も逆らえないプロデューサーなんだ。
胸張れよ」
ユージの言葉に、僕は少し黙った。
『ASUKA』がヒットしたのは知っている。
街でもネットでも流れている。
でも、どうも実感がない。
あれは、しずくさんの歌声がすごかったんだ。
そんなとき、突然大きな音がした。
バン!
ドアが勢いよく開いた。
まぶしい光が飛び込む。
「けんたろうくん!!」
元気な声と一緒に、Dream Jumpsのめぐみちゃんが走ってきた。
彼女は目の前で止まり、僕の手をぎゅっと包んだ。
「聞きました!
私たちに曲を作ってくれるんですよね!
本当に、本当に嬉しいです!」
近すぎる距離。
アイドルのオーラ。
100%の笑顔。
僕の心臓は止まりそうになった。
「う、うん……社長から聞いたよ……」
僕がしどろもどろに答えると、めぐみちゃんはさらに近づいた。
目がキラキラしている。
そんなに僕の曲を楽しみにしてくれてるのか。
「いい曲を作るには、私たちのことを知ってもらわないとですよね?」
「え?
あ、うん……」
「ですよね!
だから……」
太陽のようにまぶしい。
無邪気すぎる笑顔で、とんでもないことを言う。
「私とけんたろうくん、2回目のデートしましょ♪」
「……は?」
頭の中が止まった。
2回目のデート?
あのデート?
以前、学校帰りに声をかけられた日のことがよみがえる。
カフェ。
撮られた写真。
週刊誌。
けいとさんにお仕置きされた夜。
背中に冷たい汗が流れる。
まずい。
かなりまずい。
「え、えっと……デート……ですか……?」
僕は助けを求めて社長を見る。
社長はニヤニヤしている。
ユージを見る。
笑いをこらえている。
誰も助けてくれない。
「はい!
私、けんたろうくんのこともっと知りたいんです!
行きたいお店もいっぱいあるんです!」
めぐみちゃんは僕の顔色なんて気にしない。
彼女の中では仕事なら全部OKらしい。
その前向きさが今は怖い。
僕の頭に、もう一人の顔が浮かぶ。
けいとさん。
僕の恋人。
また騒ぎになったらどうなる?
笑って許してくれるだろうか……
いや、絶対にない。
怖さしかない。
「あの、めぐみちゃん……それはちょっと……」
「行きましょ?
ね?」
上目づかい。
断れない空気。
天才プロデューサーと呼ばれても、女性の押しには勝てない。
僕は天井を見上げた。
自分の才能が認められるのは嬉しい。
でも、その代わりに失うものが大きすぎる気がした。
僕の平和な毎日は、二度目のスキャンダルという爆弾を抱えて、さらにややこしい道へ進んでいくのだった。




