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vol.18 未来の音(サウンド)、現在の街(ストリート)

 午後の渋谷は、いつものように「今」が詰まりすぎていた。

 スクランブル交差点は、今日も溺れている。

 人の波に。

 スマホの光に。

 誰かの笑い声に。


 頭上の大型ビジョンには、Midnight Verdictの最新MV。

 クールで知的なけいとの眼差し。

 あやの弾ける笑顔。

 その一つひとつに、見上げる顔が釘付けにされていく。


 続いて、一条零。

 圧倒的な歌唱力で押し切るソロアイドルの、幻想的な映像。

 美しく、完璧で、そしてどこか遠い世界。

 誰かが「あ、零だ」とつぶやき、すぐにまた雑踏の音にかき消される。


 流行が、次々と消費されていく。

 誰も立ち止まらない。

 信号が青に変わるたび、視線はビジョンから手元のスマホへと落ちていく。

 渋谷は、流れ続ける。


 その片隅に、高校二年の佐藤梓がいた。

 友だちと肩を並べて、ビジョンを見上げている。


「けいとさん、今日も可愛いね!」

「あやちゃんの新しい髪型、真似したい!」


 彼女たちの声は、渋谷の騒音と自然に混ざり合う。

 梓にとってMidnight Verdictは、「今どきの女の子なら知っていて当然」の記号であり、同時に少しだけ憧れを混ぜた日常の一部でもあった。


 そんな時だ。


 巨大モニターの映像が、ぷつりと途切れた。


 白。


 数秒の無音。


 そして――


【Synaptic Drive】


 黒い文字が、ゆっくりと浮かび上がる。


 黒い文字がそこに浮かび上がった瞬間、

「え、なに?」

「放送事故?」

 ざわめきが波紋のように広がる。


 ♪ ♪ ♪


 交差点のすぐ近くまで走ってきた一台の大型トラック。

 けんたろうは、コンテナの中、暗い幕の裏側にいた。


 見えない外の気配が、板一枚を隔てて押し寄せてくる。

 クラクション。

 人のざわめき。

 信号機の電子音。

 それら全部が、心臓の鼓動と混ざり合い、胸の内側でひとつの音になっていた。


 拳を握る。

 指先に、うっすらと汗。


「本当に、僕にできるのか?」


 そんな言葉が、脳裏の隅で小さく呟く。

 すぐに、息をひとつ吐き出して、その声を押し流した。


 ここまで来た。

 もう、逃げ道はない。

 だったら――負けてたまるか。


「けんたろう、準備はいいか?」


 幕越しに、ユージの声。

 騒音に負けないその響きは、不思議と冷静で、熱かった。


「うん」


 声が、出た。


「ここで、魂を叫ぶ」


 ♪ ♪ ♪


 巨大モニターの「Synaptic Drive」の文字に、交差点がざわめく。

「なんだこれ?」

「新しいCM?」

 通行人の声が、波紋のように広がる。


 ドラマ『コスモ・シンフォニー』のオープニング。

 今いちばん勢いのある新人バンド。

 正体不明。

 顔出しなし。

 その断片的な情報が、歩いている人々の頭の中でバラバラに弾ける。


 そして――音が落ちてきた。


『BABY I WANT U』


 テレビ越しで聞きなれたはずのイントロが、ビルの谷間で反響し、別物のような厚みを持つ。


「うそ……Synaptic Drive!?」


 梓の口から、思わず言葉が漏れた。

 画面の中でしか聴いたことのない音が、自分のいる「ここ」へと歩いてきたような錯覚。


 街のざわめきが一段階上がった、その時。


 爆音を撒き散らしながら、一台の大型トラックが、スクランブル交差点へと突入してきた。


「あれ、なんだ!?」

「トラック!?」


 人波がわずかに裂ける。

 Synaptic Driveの『FIRE ON THE MERCURY』が、スピーカーから容赦なく放たれ、ガラス面とアスファルトを震わせる。


 トラックは、交差点のど真ん中で、ぴたりと止まった。


 その側面が、ゆっくりと開いていく。

 暗闇の中から、まばゆい光がこぼれ出す。


 そこに現れたのは――


「うわあああああああ!!!」

「Synaptic Driveだ!!!」

「本物だ!!!」


 歓声と、どよめき。


 ギターを抱え、自信満々の笑顔で観客を煽るユージの姿。

 そして、その隣には――厳重な幕で隠された、けんたろうのシルエット。


 顔は見えない。

 けれど、そこにいる。

 その「いる」という事実だけで、人々は十分にざわついた。


 ユージがマイクを掴む。


「渋谷の石器時代で満足してるお前らに、未来の音楽を聴かせてやるぜ!

 俺たちが、Synaptic Driveだっっ!!」


 その言葉は、渋谷の喧騒そのものを切り裂いた。


「まずは、これでも聴きやがれっっ!!」


 ユージのシャウトと同時に、空気が一瞬だけ止まり、すぐに新しい音で満たされる。


『UNIVERSE BOY』


 眠らない街の片隅で

 影だけが僕の味方だった

 誰かを羨んで 誰にも言えず

 笑顔の仮面に 涙を仕込んだ


 遠ざかる背中を 何度も夢で追いかけた

 手が届かないほど 美しくて、残酷で

 明日が怖くても 止まれない

 この闇の奥で まだ僕は生きてる


 I’m a UNIVERSE BOY ひび割れた空へ

 誰にも見せない 炎で走る

 あの人の光が 眩しすぎたから

 今度は僕が 夜を焦がす番だ──Fly High!!



 信号の電子音が、ふいに遠くなる。

 会話も、足音も、クラクションも、すべてが曲の背景に押しやられていく。


 ふと気づけば、誰もが少しだけ足を止めていた。

 スマホを構えたまま、録画ボタンを押すのを忘れている若者。

 うるさいと眉をひそめたおじさんが、手を耳から離して、思わず顔を向ける。

 通り過ぎるはずだった人々が、何かに引っかかったように振り返る。


 音には、妙な生々しさがあった。

 加工された美しさではない。血の通った叫び。

 整えられたはずのエフェクトとミックスの向こうで、まだ誰かが息をしているのが分かる。


 梓は、思わず両手で口元を覆った。

 テレビ越しで聴いた時とは違う。

 スピーカーからの振動が、直接肌を叩く。

 あの繊細で、どこか切ないメロディが、渋谷の雑踏の中で、これほど力強く響くなんて。


 隣にいた友だちも、目を見開いていた。


「なんか、体が勝手にゾクゾクして……すごい、止まんない……」


 その感覚は、梓だけのものではなかった。


「あのドラマの歌だ!!!」

「この曲、やばい!」

「生で聴くと、まじで鳥肌!」

「このシルエットのやつ、本当にけんたろうなのかな……」


 その場には、トラックを見つめただ呆然とする会社員や、最初は見下していた音楽マニアが、衝撃で足を止めている姿もあった。


 梓の心の中で、けんたろうの存在と、目の前の衝撃的な光景が、はっきりと重なり合う。


 あのクールなけいとさんが「会いたい」とデレていた相手。

 自分のクラスにいる、ドジなけんたろう。


 彼が、今、渋谷の真ん中で、日本中の注目を集めようとしている。

 彼の音楽が、こんなにも多くの人の心を動かしている。


 梓は、胸のどこかがじんわり熱くなるのを感じていた。

 同時に、自分だけが知っていたような秘密を、急に世界と共有させられたような、妙な戸惑いもあった。


 トラックの上で、ユージは観客の反応を舐めるように見渡し、さらに声を張り上げる。


「どうだ、お前ら!

 これが俺たちの音楽だ!

 お前らが求めてた『本物』は、ここにいるんだよっっ!!」


 渋谷のスクランブル交差点は、もはや「通り道」ではなかった。

 一瞬だけ現れて、いつかきっと消えてしまう、巨大なライブステージ。

 その真ん中で、Synaptic Driveのゲリラライブは、確かに、この国の音楽シーンのなにかをずらし始めていた。


 ユージは、さらにギターをかき鳴らし、叫ぶ。


「ここにいる、スーパープロデューサー・けんたろうの歌を聴きやがれ!!」

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