表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/198

vol.14 秘密の代償

 Midnight Verdictのメンバーが、テレビ画面の前で凍りついていた。

 なかでも顔色を変えたのは、あやだった。

 画面の中の男は、ついさっきまで「普通の彼氏」だったはずのユージだ。


 深夜。

 あやは、ユージを呼びだした。


 人気のない公園。

 街灯の輪が、ぽつり、ぽつりと地面に落ちている。

 その明かりの境目に、二人は立っていた。

 影だけが、ぎこちなく距離を測る。


 冷たい風が、一度だけ二人のあいだを抜けた。


「ねぇ、ユージ!

 どういうことなの!?

 テレビに出て、バンド組んでるなんて聞いてないし!」


 声が少し裏返る。

 怒っているのか、驚いているのか。

 それとも置いていかれた気がしているのか。

 自分でも、うまく名前がつけられない。


 ユージは、あやの剣幕を真正面から受けとめる。

 息を吸って、少しだけ肩をすくめるように笑った。


「なんだよ、文句あんのか?

 俺はあやを追いかけるために、Synaptic Driveを結成したんだぜ」


 あやは、一拍、言葉を失った。


 自分を追いかけるために──バンド?

 冗談みたいな理由を、冗談じゃない目で言うな。


 その目を見ているうちに、胸の奥にあった怒りの温度が、少しだけ下がっていく。

 けれど、すぐに別の疑問が浮かぶ。


「でも……どうして急に?

 そんな話、今まで全然なかったじゃない!」


 ユージは視線を横にそらした。

 その仕草に、言い訳の匂いと、少しだけ「寂しさ」の残り香が混じっている。


「そもそも、距離を取りたいって言ったの、あやとけいとちゃんからだったろ?」


 その一言が、あやの足もとをすくう。


「……」


 反論の言葉が、喉の奥でからまる。

 たしかに、そうだ。

 自分たちの判断で、一方的に線を引いた。

「夢を追うんだから理解してよ」と、どこかで当然のように思っていた。


 Midnight Verdictの名前が大きくなるたびに、誰かの目が増えていった。

 記者。

 ファン。

 アンチ。

 その視線の束のなかに、プライベートな恋愛を放りこむ勇気は、二人にもなかった。


 だから、けいととあやは「距離を置こう」と言った。

 あの時のユージの顔が、頭をよぎる。

 何も言わずに、ただ黙って頷いた横顔。

 本当は、寂しかったんじゃないのか。

 そう思わないふりをしてきただけで。


 胸の奥に罪悪感。

 ちくりと小さな針。


 逃げるように、話題を変える。


「それで……スーパープロデューサーって……まさかとは思うけど……」


 ユージが、口の端を持ちあげる。


「ああ、あやもよく知ってるだろ?」


 その言い方で、あやの中の「最悪の可能性」が、はっきりと輪郭を持ちはじめる。

 テレビで見たシルエット。

 隣にいるユージの悪戯っぽい笑顔。

 ふたつが頭の中で重なって、ひとつの名前を浮かびあがらせた。


「うそ……でしょ……?」


 息が浅くなる。

 否定したいのに、もう理解してしまっている。

 その名前を、あやは絞りだすように呼んだ。


「……やっぱり、けんたろうちゃんなの?」


 けいとの恋人。

 ついこのあいだまで「年下のかわいい弟分」だと思っていた男の子。

 その顔が、Synaptic Driveの影と重なった瞬間だった。


「はぁ……もう、ユージ!

 けんたろうちゃんを巻き込んじゃダメでしょ……!」


 あやは両手で頭を抱えた。

 めまいがした。

 一般人の、しかも未成年の彼を、芸能界に放り込むなんて。


 ユージの声が弾む。


「なんだよ。

 違うぜ、あや。

 俺が無理やり巻き込んだんじゃねぇ。

 そもそも、けんたろうからバンドを作って追いかけようって言ったんだぜ?」


「アイツの泣きそうな顔を見たらさ……

 なんだか俺も熱くなっちまってさ」


 あやは、言葉をなくす。

 あの、どこかぽやっとした不思議ちゃんな少年が――

 そんな顔で、そんなことを言った?


 ユージは、さらに一歩踏み込む。


「俺はあやを追う。

 けんたろうはけいとちゃんを追う。

 ほら、どうよ?」


 得意げな顔のユージ。

 脱力感と共に、奇妙な愛しさがこみ上げてくる。

 なんて馬鹿な男たちなんだろう。


「ちょっと!

 そうじゃないでしょ、ユージ!

 これ見てよ」


 画面の中では、文字の嵐が吹き荒れていた。

『Synaptic Driveのけんたろう、何者?』

『早く顔を見せろ!』

『いや、このまま謎のままでいて欲しい』

『一条零が絶賛とかヤバすぎ』

『特定班、まだ?』


 自分たちの都合で距離を取り、そのあいだに、無名の高校生を「謎のプロデューサー」として世間に放り出した――

 それを「どうよ?」で片づけられるほど、あやは図太くない。


 けいととけんたろうの関係だって、いつ崩れるか分からない綱渡りだ。

 その綱の下に、今は全国ネットの谷底が口を開けてる。


【メディアの反応】

「一条零の『歌いたい』発言が示す、けんたろうの無限の可能性」

(音楽評論コラム Soundscape)

 歌姫・一条零がテレビ番組でSynaptic Driveの「けんたろう」に対し、異例とも言える共演希望を口にした。

 彼女が「魂を感じた」とまで語ったその音楽は、ジャンルの壁を越え、多くのアーティストを静かにざわつかせている。

 このベールがいつ、どのような形で剥がされるのか──その瞬間を、業界も視聴者も固唾を飲んで待っている。



 公園に、静けさが戻る。


 あやがユージから視線を外し、夜空を見あげた瞬間。

 星がひとつ、線を引いて落ちていった。


 昔なら、願いごとをしただろう。

「ずっと一緒にいられますように」とか、そういう他愛もないやつ。


 でも今は、何を願えばいいのかわからない。


 ふと、けんたろうちゃんの顔が浮かんだ。

 いつも微笑んでる、あの穏やかな顔。

 音のない笑顔。


 ——私たち、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。


 冷たい風が、頬を撫でた。

 あやは、唇を噛みしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ