表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/271

vol.141 それぞれの乙女心

 Dream Jumpsの楽屋は、リハーサル後の心地よい疲労に満ちていた。

 壁に掛けられたカラフルな衣装が、次のステージを静かに待っている。

 テーブルにはペットボトルとお菓子の袋が散らばっている。

 ソファの上で、めぐみがスマートフォンを宝物のようにぎゅっと胸に抱きしめた。


「ねぇ、今の聴いた!?

 この曲、私は入ってるよね!?

『初恋』はまぁ仕方ないとして、『今の恋』は私のことかなぁ?」


 目をきらきらさせながら身を乗り出すめぐみ。

 あまりに無垢な期待に、部屋の空気が一瞬、ぴたりと止まった。


「……どの口が言ってんの、それ」


 鏡の前で前髪を整えていたゆずが、振り向きもせずに冷静に刺した。


「現実見なよ~、めぐみ」


 床に落ちたタオルを拾いながら、りおも追い打ちをかけるように笑う。


 めぐみは、一瞬、ぽかんとした表情になった。

 だが、次の瞬間、頬が赤くなり、ぷっくりと唇をとがらせる。


「ちょっとぉ! いいじゃん!夢くらい見させてよぉ!」


 子供みたいな怒り方を見ていたももが、ふわっと笑って肩をすくめる。


「めぐみんは本当に太陽みたいね。

 そういうまっすぐなところ、好きよ」


 壁際でゆっくりとストレッチをしていたあいは、やれやれと呆れた顔だ。


「本当にけんたろうくん狙いなら、もっとしっかりしなきゃ。

 片想いは、相手を知ることからだよ?

 相手の痛みを、ね」


「なによー!

 あいだって、けんたろうくんの歌が出るたび、研究とか言って歌詞を穴が開くほどチェックしてるくせに!」


 めぐみの痛い反撃に、あいは肩をびくりと揺らす。


「そ、それは分析! ファンの心理を探るためのマーケティングだから!」


 早口で言い訳しながら、あいはわざとらしいほど視線を泳がせる。

 その分かりやすい動揺に、楽屋はどっと笑いに包まれた。


 そのやり取りがツボに入ったのか、ゆずが堪えきれず吹き出し、りおがソファの背をばんばん叩く。

 ももは手に持っていたスナックを危うくこぼしそうになって、慌てて口に放り込んだ。


 笑い声が一気に楽屋を満たしていく。

 モニターから聞こえる音は、その喧噪の向こう側で、少しだけ遠くなった。


「Second Love」。

 彼女たちの騒ぎをよそに、淡々と再生時間を刻んでいく。


 世間は、この歌を、それぞれの都合のいいロマンで軽やかに消費していた。

 「自分の初恋」と重ねたり、「今の恋」となぞらえたり。

 甘くて、ちょっと切ない物語として。


 だが、その歌詞の一言一句を、自分自身の痛みとして受け止めている者もいた。


 ♪ ♪ ♪


 一条零は、プライベートルームのソファにひとり腰を下ろし、静かに目を閉じていた。

 イヤホンから流れていた「Second Love」の最後の音が消える。

 余韻が鼓膜を震わせ、彼女はしばらく再生ボタンに触れることができなかった。


(…けんたろうくん。

 あなたは、こんなにも苦しんでいたのね…)


 そっと目を開け、スマートフォンの画面に指先を滑らせる。

 表示された歌詞を、ひとつひとつ、なぞるように目で追った。


 忘れようとした初恋。

 それでも消えない想い。

 それでも「今の恋」を信じようとしている心。


 その矛盾の中で、彼は立ち尽くしている。


(『私を信じて』って、そう言いたかったな……)


 画面に映る文字が、じわりと滲む。

 胸のあたりが、きゅっと締めつけられた。


 自分の恋心を押しつけるよりも先に、

 彼の痛みを理解したい。

 彼の苦しみを、そのまま受け止めていたい。


 一条零は、スマートフォンを胸に抱きしめると、もう一度静かに目を閉じた。


 ♪ ♪ ♪


 Midnight Verdictの練習室は、深海のように暗い。


 スマホのスピーカーから流れていた「Second Love」の最後のフレーズが消える。

 途端に、張り詰めていた空気がぐらりと揺れた。


「…この歌、けんたろうちゃん、どうしたんだろうね…」


 さやかが心配そうに眉を下げてつぶやいた。


 隣で、けいとは人形のように動かない。

 両手を膝の上で固く組んだまま、うつむいた顔から表情が読めない。

 瞳は焦点を失い、どこか遠い場所を見ている。


 これまで、彼の心は自分だけのものだと信じていた。

 その絶対的な確信が、この一曲の前に、砂の城のように崩れ去ろうとしていた。


「ねぇ、けいと」


 腕を組んで黙り込んでいたあやが、静かに口火を切る。

 その声は硬い。


「この『今のひと』って、あんたのことでしょ。

 なのに、忘れられない『初恋の人』がいるってこと?

 正直、意味わかんないんだけど」


 柔らかい言い方ではない。

 ずっと胸に引っかかっていた疑問が、そのまま言葉になった。


 けいとは、唇を噛みしめたまま、何も答えられない。


 その時、いつもは静観しているかおりが、重い口を開いた。


「けんたろうの心は…」


 一呼吸。


「…けいとから離れているのかもしれない」


 部屋が凍る。


 さやかが息を呑み、ひなたが「え…」と声を漏らす。

 あやの瞳に、わずかな動揺が走る。


 けいとの顔から、血の気が引いていく。

 誰の目にも明らかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ