vol.141 それぞれの乙女心
Dream Jumpsの楽屋は、リハーサル後の心地よい疲労に満ちていた。
壁に掛けられたカラフルな衣装が、次のステージを静かに待っている。
テーブルにはペットボトルとお菓子の袋が散らばっている。
ソファの上で、めぐみがスマートフォンを宝物のようにぎゅっと胸に抱きしめた。
「ねぇ、今の聴いた!?
この曲、私は入ってるよね!?
『初恋』はまぁ仕方ないとして、『今の恋』は私のことかなぁ?」
目をきらきらさせながら身を乗り出すめぐみ。
あまりに無垢な期待に、部屋の空気が一瞬、ぴたりと止まった。
「……どの口が言ってんの、それ」
鏡の前で前髪を整えていたゆずが、振り向きもせずに冷静に刺した。
「現実見なよ~、めぐみ」
床に落ちたタオルを拾いながら、りおも追い打ちをかけるように笑う。
めぐみは、一瞬、ぽかんとした表情になった。
だが、次の瞬間、頬が赤くなり、ぷっくりと唇をとがらせる。
「ちょっとぉ! いいじゃん!夢くらい見させてよぉ!」
子供みたいな怒り方を見ていたももが、ふわっと笑って肩をすくめる。
「めぐみんは本当に太陽みたいね。
そういうまっすぐなところ、好きよ」
壁際でゆっくりとストレッチをしていたあいは、やれやれと呆れた顔だ。
「本当にけんたろうくん狙いなら、もっとしっかりしなきゃ。
片想いは、相手を知ることからだよ?
相手の痛みを、ね」
「なによー!
あいだって、けんたろうくんの歌が出るたび、研究とか言って歌詞を穴が開くほどチェックしてるくせに!」
めぐみの痛い反撃に、あいは肩をびくりと揺らす。
「そ、それは分析! ファンの心理を探るためのマーケティングだから!」
早口で言い訳しながら、あいはわざとらしいほど視線を泳がせる。
その分かりやすい動揺に、楽屋はどっと笑いに包まれた。
そのやり取りがツボに入ったのか、ゆずが堪えきれず吹き出し、りおがソファの背をばんばん叩く。
ももは手に持っていたスナックを危うくこぼしそうになって、慌てて口に放り込んだ。
笑い声が一気に楽屋を満たしていく。
モニターから聞こえる音は、その喧噪の向こう側で、少しだけ遠くなった。
「Second Love」。
彼女たちの騒ぎをよそに、淡々と再生時間を刻んでいく。
世間は、この歌を、それぞれの都合のいいロマンで軽やかに消費していた。
「自分の初恋」と重ねたり、「今の恋」となぞらえたり。
甘くて、ちょっと切ない物語として。
だが、その歌詞の一言一句を、自分自身の痛みとして受け止めている者もいた。
♪ ♪ ♪
一条零は、プライベートルームのソファにひとり腰を下ろし、静かに目を閉じていた。
イヤホンから流れていた「Second Love」の最後の音が消える。
余韻が鼓膜を震わせ、彼女はしばらく再生ボタンに触れることができなかった。
(…けんたろうくん。
あなたは、こんなにも苦しんでいたのね…)
そっと目を開け、スマートフォンの画面に指先を滑らせる。
表示された歌詞を、ひとつひとつ、なぞるように目で追った。
忘れようとした初恋。
それでも消えない想い。
それでも「今の恋」を信じようとしている心。
その矛盾の中で、彼は立ち尽くしている。
(『私を信じて』って、そう言いたかったな……)
画面に映る文字が、じわりと滲む。
胸のあたりが、きゅっと締めつけられた。
自分の恋心を押しつけるよりも先に、
彼の痛みを理解したい。
彼の苦しみを、そのまま受け止めていたい。
一条零は、スマートフォンを胸に抱きしめると、もう一度静かに目を閉じた。
♪ ♪ ♪
Midnight Verdictの練習室は、深海のように暗い。
スマホのスピーカーから流れていた「Second Love」の最後のフレーズが消える。
途端に、張り詰めていた空気がぐらりと揺れた。
「…この歌、けんたろうちゃん、どうしたんだろうね…」
さやかが心配そうに眉を下げてつぶやいた。
隣で、けいとは人形のように動かない。
両手を膝の上で固く組んだまま、うつむいた顔から表情が読めない。
瞳は焦点を失い、どこか遠い場所を見ている。
これまで、彼の心は自分だけのものだと信じていた。
その絶対的な確信が、この一曲の前に、砂の城のように崩れ去ろうとしていた。
「ねぇ、けいと」
腕を組んで黙り込んでいたあやが、静かに口火を切る。
その声は硬い。
「この『今のひと』って、あんたのことでしょ。
なのに、忘れられない『初恋の人』がいるってこと?
正直、意味わかんないんだけど」
柔らかい言い方ではない。
ずっと胸に引っかかっていた疑問が、そのまま言葉になった。
けいとは、唇を噛みしめたまま、何も答えられない。
その時、いつもは静観しているかおりが、重い口を開いた。
「けんたろうの心は…」
一呼吸。
「…けいとから離れているのかもしれない」
部屋が凍る。
さやかが息を呑み、ひなたが「え…」と声を漏らす。
あやの瞳に、わずかな動揺が走る。
けいとの顔から、血の気が引いていく。
誰の目にも明らかだった。




