vol.140 錯綜する恋の歌
ユージは、スマートフォンの画面を睨みつけ、奥歯を噛みしめた。
画面の上部には
「Rogue Sound『Second Love』、配信チャート独占1位」
というニュース速報。
しかし、その下で渦巻くタイムラインは、祝福とは程遠い、嵐の海だった。
更新するたび、滝のように流れ落ちてくる無数のコメント。
「『忘れようとしたあなたへの初恋』…やっぱり『First Love』は実話だったんだ!」
「『別のひとに心をささげ』ってことは、今の彼女がいるのに忘れられないってこと…?」
「この歌詞、メンタルえぐりにきてるだろ…」
そこまではいい。
ファンなら当然の考察だ。
だが、スクロールする指が、ある一点で止まる。
「『今のひと』って言い方、ひどくない? けいとさんのことだとしたら、あまりにも可哀想すぎる」
「いやいや、あくまで歌の表現だろ。でも、もし本当なら、けんたろうは初恋の人を忘れられないってことか。けいとさん、可哀想…」
「そもそも、けんたろうはけいとと付き合ってるのか?」
「CAKEと女子会ミドヴァ放送で、におわせただけで、まだ決定事項と言えないぞ」
「けんたろう、最低。けいとさんを愛してるなら、こんな歌出すなよ」
「いや、これは過去との決別の歌だろ!『さようなら』って言ってるじゃん!」
「でも『想いは変わってない』とも歌ってる。今の彼女への裏切りだよ」
好意と悪意がぐちゃぐちゃに混ざり合い、けんたろうの魂の告白を、下世話なゴシップへ消費していく。
ユージは、思わず舌打ちしてスマホを伏せた。
チャート1位。
最高のスタートだ。
だが、その代償は、あまりに大きかった。
「……ユージくん」
背後から、心配そうな綾音の声がした。
彼女の顔も青ざめている。
「けんたろうは…?」
「部屋にいる。
ずっと、窓の外を見てるだけだよ」
「けいとちゃんに連絡しないと、ヤバいだろ…」
その名が出た瞬間、事務所の空気が凍った。
誰も、彼女に連絡できずにいた。
この曲が、彼女の耳にどんな響きで届いたのか。
それを知るのが、怖かった。
けんたろうの魂の慟哭から生まれた「Second Love」。
それは、彼が過去に別れを告げ、今の愛を選ぶための、必死の宣誓だった。
だが、世間に放たれたその歌は、作者の意図を離れ、一人歩きを始める。
人々の憶測の中で、恋の歌は複雑に錯綜し、最も届けたかったはずの相手を、最も深く傷つける刃へと変わろうとしていた。
狂騒的な外界とは裏腹に、事務所の中は、不気味なほど静かだった。
チャート1位という栄光の陰で、Rogue Soundは、新たな嵐の中心に立たされていた。
世間は、けんたろうとゆりこアナの関係を知らない。
だからこそ、歌詞に登場する「初恋の人」が誰なのか、様々な説が飛び交う。
だが、多くのファンは、けいとを「今の恋人」と仮定して読み解く。
その前提に立ったとき——
彼の心のどこかに、いまだ「初恋の相手」が居座り続けているという事実。
それがじわりと多くのファンの胸を刺す。
「けいとさんを一番愛してるんだろうけどさ…」
「それでも、完全には塗り替えられない初恋って、あるよね…」
楽曲への共感。
けいとに対する同情。
憧れのアーティストに対する複雑なやきもち。
無数の感情が、画面の向こうで錯綜していた。




