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vol.138 魂の慟哭

 Rogue Soundの事務所は、時が止まった深海だった。

 沈黙が、耐えられないほど重い。

 けんたろうの慟哭が響き渡ってから数日。

 彼は食事に手をつけなくなった。

 鳴り続けるスマートフォンには目もくれず、外界との接触を完全に断っていた。


 ユージが声をかけても、綾音が近づいても、けんたろうの目は虚ろなまま。

 二人は何度も話しかけようとして、口を閉じた。

 言葉が、あまりに無力に思えたから。

 さまよう魂に、どんな言葉が届くというのか。


 その時だった。


 けんたろうが、ふいに立ち上がった。


 虚ろな表情のまま、しかし足取りだけは確かに。

 スタジオへ足を進める。


「けんたろうくん?」


 綾音の呼びかけは、重い空気に溶けて彼には届かない。

 彼はキーボードの前に座った。

 鍵盤に指が触れた瞬間——


 それまで彼を覆っていた暗いオーラが、かすかに薄れた。


 指が動く。

 無意識に、メロディが流れ出す。

 感情の渦に囚われた魂の唯一の出口。

 音という形での、叫び。


 音に導かれ、ユージと綾音は、そっとスタジオのドアに耳を寄せた。

 そして、わずかに扉を開ける。


 そこにいたのは——音楽に没頭するアーティストの顔に戻ったけんたろう。

 深海の底から湧き上がるような、重いシンセサイザーの響き。

 疾走感も高揚もない。

 あるのは、沈みゆく最後の光を惜しむような、どうしようもない切なさだけ。

 音のひとつひとつが、彼の心の軋みそのものだった。


 ユージは息を呑む。

 これが、あいつが一人で抱え込んできた痛みの色なのか。


 憑かれたように鍵盤を叩き続ける指。

 さまよい、絡み合い、時に激しく叩きつけられる和音。

 海の底で揺らぐ、光のような魂。


 一心不乱に紡がれる音の連なり。

 心の奥底に押し殺した過去への別れの言葉を、必死に探していた。


 その旋律のあまりの悲しさと美しさ。

 綾音は、知らずに頬を伝う涙を拭うことも忘れていた。


 誰も、すぐには息をしなかった。

 けんたろうの手は、まだ鍵盤の上で震えていた。

 事務所には、静かな余韻だけが残っていた。

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