vol.137 懺悔
うちの事務所は、ヒットに沸く世間の喧騒が嘘みてえに、静まり返っていた。
原因は、目の前で亡霊みたいに座ってる、けんたろうだ。
日に日に痩せて、あんなにキラキラしてた瞳から光が消えかけてる。
テーブルの上には手つかずの弁当箱。
もう何日目だ。
「けんたろう、いい加減にしろ。このままだと倒れるぞ」
俺の声に、いつもの軽口を叩く余裕なんてなかった。
俺の声に焦りが滲んでるのが自分でも分かる。
こいつを見てると、胸が締め付けられる。
隣で綾音が、今にも泣きそうな顔で言った。
「けんたろうくん、お願いだから何か口にして…」
その声は、もう懇願だ。
重苦しい沈黙。
そんな中、けんたろうがぽつりと呟いた。
まるで魂が抜けたような、からっぽな声で。
砂漠の砂みたいに、すべての感情が枯れ果てた声だった。
「けいとさんと僕って……付き合ってよかったのかな?」
――は?
その言葉は、雷みたいに俺の頭をぶん殴った。
何を言ってんだ、こいつは。
あんなに夢中だったじゃねえか。
人生のすべてを懸けてるみたいに愛し合ってただろ。
俺は信じて疑わなかった。
信じて疑わなかった。
なのに、なんで。
目を輝かせて彼女の話をしてた弟分が、まさかそんなことを。
「けんたろう、てめえ、何言ってんだ!
お前、あんなにけいとちゃんのことが…!」
思わず肩を掴もうとしたが、けんたろうは力なく顔を背けやがった。
そして、懺悔するように呟く。
その声は、震えていた。
「僕……ゆりこさんは……受け止めてくれた、かな?」
その名前を聞いた瞬間、全身の血が逆流するかと思った。
【ゆりこさん】
まさか、今になって、その名前が出てくるなんて。
その名前が出た瞬間、けんたろうの瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
こいつが人前でこんなに泣くなんて。
自分でも止められないって感じで、次から次へと熱いものが頬を伝い、ソファの布に染みを作っていく。
心の奥底に無理やり蓋をしていた何かが、ついにぶっ壊れたんだ。
「ゆりこさんが、そばにいたら……僕は、もっと……」
言葉は嗚咽に変わった。
ガキみたいに肩を震わせて、しゃくり上げてる。
ヒットチャートを席巻する天才?
冗談じゃねえ。
今ここにいるのは、道に迷って、どうしようもなくて、ただ助けを求めて泣きじゃくるガキだ。
どうしてやれる?
俺に何ができる?
言葉なんて見つからなかった。
ただ、何も言わずにその背中を、ガキをあやすみたいに優しくさすることしかできなかった。
ゆりこアナへの、あいつがずっと引きずってた初恋の幻。
そして、けいとちゃんへの今の愛と、それを裏切っちまってるみてえな罪悪感。
その狭間で、あいつのクソ純粋な心は、今にもバラバラに引き裂かれそうになっていた。
隣で、綾音が息を呑んでる。
こいつの苦しみが、どれだけ根深いものか、今、初めて思い知らされたんだろう。
この涙は、初恋への想いと今の恋への罪悪感が入り混じった、純粋すぎる懺悔だ。
この苦悩が、新しい音楽を生むのか。
それとも、自分自身を壊してしまうのか。
表から見れば、俺たちは成功者だ。
でも見てみろよ。
光の裏は闇じゃないか。
俺は兄貴分として、どうすればいいんだろう……




