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vol.136 疑惑の旋律

「First Love」


 その言葉が頭の中でぐるぐる回ってる。

 もう何日も。


 街中のスピーカーから、彼の歌声が流れる。

 ネットを開けば、自分たちの名前がトレンドに並ぶ。

 世間は、あの曲を私へのラブソングだとはやし立てる。

「美人で年上で僕には遠い人」

 そのフレーズが、秘密の関係を歌ったものだと誰もが信じ、熱狂している。

 ネットじゃ過去の「匂わせ」まで掘り起こされて、もう決定事項みたいになってる。


 でも現実は?


 けんたろうちゃん、私から逃げてる。

 別人みたいに。


 彼の歌声に込められていた、あの悲痛なまでの感情のほとばしりが、脳裏でフラッシュバックする。

 あれは、恋人に向けられる情熱だったのか。

 それとも、叶わぬ誰かに向けた、慟哭だったのか。

 私は、その可能性を考えた瞬間、胸の奥が冷たく固まった。

 まるで氷の塊を飲み込んだみたいに。


「いや……違う……」


 一人の部屋で呟いても、誰も答えてくれない。


 これって単なる疲労じゃない。

 絶対に。

 もっと深刻な何かが起きてる。


 私の不安は、単なる恋人としての心配じゃない。

 アーティストとしてのプライド。

 それが疑念をさらに増幅させる。


 けんたろうちゃん。

 一身に愛をくれる彼。

 創作意欲を燃え上がらせる唯一無二の熱。

 彼の音楽も、彼自身も、誰にも渡したくない。

 すべてを独占したい。

 その強い渇望が、私の音楽を、そして私自身を支えてきた。

 もし、彼が別の誰かに心奪われているとしたら。

 アーティストのプライド、魂が騒いでる。

 それって裏切りじゃん。

 信じてたものが、ガラガラと音を立てて崩れていく感じ。

 私がデビューした時、彼もこうやって悩んでいたのかな……



 けんたろうちゃん……


 あなたの歌う「First Love」って、本当は誰のことなの?



 震える手でスマートフォンを握りしめる。

 メッセージは、ずっと前から途絶えたまま。

 自分から送るべきか、それとも待つべきか。

 そのためらいさえも、私のプライドを少しずつ削り取っていく。


 嵐のようなヒットの裏側。

 疑惑の旋律は、静かに、しかし確実に私の心を掻き乱す。

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