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vol.130 主語はどこへ

 けんたろうが披露した「First Love」は、瞬く間にネットを席巻した。

 称賛・興奮のうねりがひと段落すると、タイムラインの色は自然と深読みに変わっていく。


「『美人で年上で僕には遠い人』…これ、絶対特定班が動くやつだろ…」

「待って、年上って…けんたろう、若い説なかった?」

「この感情の深さはティーンのそれじゃないぞ!?」

「CAKEの時も年上への曲っぽかったし、これはもう確定でしょ。けんたろうは年上好き!」


 色のついた一滴が、じわじわとタイムライン全体に広がっていく。

 色が、隅々までにじんでいく。

 次第に一つの結論へと収束していく。


「つまり、けんたろうは、秘密で年上の彼女と交際中である。

 そして、その彼女は美人である。これしかない」


 その仮説は、大ヒットしたばかりのSynaptic Driveの楽曲「CAKE」の歌詞と結びつくことで、ネット民の間でほぼ確信に近いものとして受け入れられ始めた。


 そして、その矛先は、必然的に一人の女性へ。


「『美人で年上』って、けいとさん?」

「けんたろうってけいとさんより若いってこと?じゃあ10代とか?」

「女子会ミドヴァのTV放送はとても怪しかったし!」

「女子会ミドヴァの初回放送、こはるちゃんの『けんたろうちゃん』発言って…」

「ケーキを食べるけいとさんと、CAKEの歌詞が一致してたのって…」

「制作視点だとさ、女子会ミドヴァの編集、匂わせるカット多めだったのは事実」

「『CAKE』も『First Love』も、どう考えてもけいとさんしかありえないでしょ!!」

「けんたろうとけいとさん、もう付き合ってる??」


 世間が二人の関係を怪しんでから久しい。

 決定的な証拠はないが、この「First Love」の歌詞は、疑惑を確信に変えるには十分すぎる燃料だった。


 ネット上の議論は、さらに白熱していた。


「『手をつなぎたいけど つなげない』…まだ付き合ってないってこと?」

「いや、秘密で交際中。公にできない切なさでしょ。深読みしすぎ?」

「自分は片思い派。語感が未満だし、主語が距離を置いてる」

「個人的には、けんたろうがけいとさんに片思いしてる、っていう線が一番リアルだと思う」


 一方で、少数の異論も流れる。


「自分は音楽畑だけど、First Loveの主語は今より昔。『CAKE』と同列に並べるのは乱暴かも」

「まとめ記事、明日めっちゃ出るやつだ…」


 交際派と片思い派で真っ二つ。

 だが、登場人物が「けんたろう」と「けいと」である、という前提だけは、もはや揺るがない共通認識になっていた。



 控室でスマホの画面をスクロールしていた綾音は、静かにため息をついた。


「みんな、けいとさんのことだって思ってるのね…」


 もちろん、そう考えるのが自然だろう。

 だが、綾音の脳裏には、即興演奏の直前に見たけんたろうの横顔が焼き付いていた。


(あの時のけんたろうくんは、もっとずっと遠くを見ていた。

 まるで、失くした宝物を探すような…切実な目をしていた)  


 この巨大な熱狂の中で、たった一人。

 綾音だけが真実とは別の場所にある「違和感」の正体に気づいていた。


 けんたろうとゆりこアナウンサー。

 二人の間に、これまでメディアでの接点も共演も一切ない。

 世間が二人の間に特別な関係があるなどと想像するはずもなかった。

 この「First Love」が、けんたろうと彼の初恋の相手との再会によって生まれた曲だという事実を、誰も知らない。


 ネットが紡いだ『けんたろう×けいと』の物語は、あまりにも美しすぎた。

 しかし、真実の潮が一度満ちれば崩れる、砂の城だった。


 熱狂するファンも、深読みを続けるネット民も、そして、不安げに彼の歌を聴いていたけいとさえも、まだそのことに気づいていない。


 潮は静かに満ちている。

 まだ誰も気づかない。

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