vol.128 もう後悔しない
突然の声に、スタジオの全員が、シルエットのけんたろうに注目した。
「今この場で…今すぐ歌いたいんだ!」
その言葉に、観客席からどよめきが起こる。
「え?」
「何が起こってるの?」
困惑の声があちこちから聞こえた。
MCのポッキー田中も目を丸くする。
「えーーー!? ちょっと、けんたろうさん!?」
生放送中に台本にない展開。
前代未聞だ。
ディレクターがインカム越しに怒鳴っている。
「おい、どうすんだよこれ!」
「カットするか?」
「でも生だぞ…」
しかし、けんたろうは、そんな周囲の反応など気にも留めないかのように、さらに強い感情を込めて言った。
「早く…早く音にしなければ…消えちゃう…消えてしまうんだ!」
彼の言葉は、もはや懇願ではなく、魂の叫びだった。
音楽の神が、彼の苦悩を祝福するかのように、最高の旋律を授けたのだ。
ユージは相棒の様子を見て直感した。
これは止められない。
いや、止めてはいけない。
音楽の神が降りてきた瞬間を、潰すわけにはいかない。
けんたろうはカーテンの向こうから、ユージに強い視線を送る。
「ユージ…いいよね?」
その瞳に宿る、狂気にも似た純粋な情熱。
デビューから苦楽を共にした相棒として、ユージは迷わなかった。
スタジオが再び静寂に包まれる中、ユージはゆっくりとけんたろうに歩み寄った。
そして、その肩にそっと手を置く。
「けんたろう、何言ってるんだよ…」
真っ直ぐに彼の瞳を見つめ、呆れたように、しかし力強く言い放った。
「聞くまでもねぇだろ。Synaptic Driveはお前のものだろ?」
静まり返ったスタジオに、ユージの声が響く。
「俺とお前は一心同体。何があっても俺がついてる」
そして、最後に。
「思いっきりやっちまえよ!」
その瞬間、けんたろうの表情が一変する。
長いトンネルを抜けて、初めて光を見たかのように。
不安と迷いが消え、純粋な創造への渇望だけが残った。
「ユージ、ありがとう」
短い感謝の言葉と共に、けんたろうの指がキーボードに向かう。
観客席がざわつく。
「マジで歌うの?」
「これライブじゃん…」
戸惑いと期待が入り混じった声が響く。
テレビの向こうでも騒然としていた。
SNSには
「え、何これ?」
「台本?」
という声が飛び交う。
だが、ユージの力強い宣言が流れると空気が変わった。
「ユージかっこいい」
「これがバンドの絆か」
「泣ける…」
メディアもこの異例の事態を見逃さなかった。
画面には速報テロップが走る。
《Synaptic Drive けんたろう、生放送中に即興曲を披露か!?》
(伝えなきゃ…伝えられるときに伝えなきゃ…)
(僕はもう、後悔したくない!)




