vol.126 兄貴分の盾
「ユージさん! いやー、すごいことになってますね、Synaptic Drive!
今やチャートを席巻、新曲の『CAKE』も、もう社会現象ですよ!
そして…そちらにいらっしゃるのが、天才作曲家のけんたろうさんですか?」
ユージは、得意満面に胸を張り、マイクを握りしめた。
「ええ、そうであります!
彼こそが、我がSynaptic Driveが誇る、宇宙が生んだ奇跡の天才、けんたろうであります!」
ユージの言葉に、観客席からは笑いと拍手が沸き起こる。
(よし、食いついた…!)
ユージは内心で拳を握った。
ステージに上がる直前、けんたろうが放ったあの甲高いピアノの単音。
あれは、彼の魂の悲鳴だ。
今は、自分が道化になり、喋り倒し、あいつが呼吸を取り戻すまでの時間を稼ぐしかない。
彼の過剰なまでの誇張表現は、もはやお約束であった。
しかし今日だけは、その意味が全く違っていた。
「けんたろうさん、今日は顔を見せていただけないのでしょうか?」
MCのポッキー田中の好奇心に満ちた声が、カーテンの向こうのけんたろうに届く。
だが、彼が答えるより早く、ユージがマイクを握りしめた。
「申し訳ありませぬ、MC殿!
けんたろうのその才能は、あまりにもまばゆく、世間を混乱させてしまう恐れがあるため、今回はこのシルエットでの出演とさせて頂いておりまする!」
スタジオが再び笑いに包まれる。
ユージは、おどけた表情を崩さないまま、その視線だけは鋭くMCと番組ディレクターの反応をうかがっていた。
けんたろうに質問が飛ばないよう、トークの流れを完全に自分の方へ引き寄せる。
それは、彼の天性のスター性と、相棒を守るための緻密な計算に基づいた、高度な駆け引きだった。
その間も、けんたろうの胸中は嵐のようだった。
「いやー、それにしても、お二人の息の合い方は素晴らしい!
まさに兄弟のようですね」
田中の言葉に、ユージは熱く語り始める。
「兄弟などという生易しいものではありませぬ!
我々は、魂で繋がったブラザーであります!
私が天才を世に送り出すための、道標であり、羅針盤であり、彼の魂と交信するアンテナ!
そして、宇宙の真理をダウンロードするための受信機であると自負しておりまする!」
ユージの止まらないマシンガントーク。
ネットでは「ブラザーってなんだよwww」「受信機とか、わけわかんらんwwwでもわかるwww」とツッコミの嵐が吹き荒れる。
だが、その必死の言葉は、暗い迷路を彷徨っていたけんたろうの心に、確かに届いていた。
この男がいる。
どんな時も、自分の音楽を信じ、自分を守ろうとしてくれる相棒が。
けんたろうは、シルエットの中で、そっと唇の端を上げた。
ユージの言葉は、迷子の自分を照らす、一筋の光のように感じられたのだ。
彼の心に渦巻いていた嵐が、少しずつ落ち着いていく。
控室のモニターでその様子を見ていた綾音は、初めはユージの暴走に頭を抱えていたが、やがて彼の真意に気づいた。
そして、モニターに映るけんたろうのシルエットの雰囲気が、ほんの少しだけ和らいだのを見て、安堵のため息を漏らした。
「ありがとう、ユージくん…」
綾音は、モニターに向かって、祈るように呟いた。




