vol.121 原点
テレビ局の喧騒から離れた、ひっそりとした控室。
ドアの向こうの廊下から、せわしない足音とスタッフの声が微かに聞こえてくる。
この部屋だけは世界から離れているようだった。
ソファに座るけんたろうを、ユージと綾音が問い詰めていた。
「おい、けんたろう。
さっきのゆりこアナとは、一体どういう関係だったんだ?」
ユージの真剣な問いに、けんたろうは少し俯く。
遠い目をしながらぽつりぽつりと話し始める。
「うーん…尊敬するお姉さん、かな」
「はあ?」
と眉をひそめるユージを前に、けんたろうは懐かしそうに続けた。
「僕が中学生の頃、父の職場でアルバイトをしていた大学生がいてね。
その人と仲が良かったんだ。
その人の後輩が、ゆりこさんだったんだよ」
「・・・」
ユージは声が出なかった。
そんな偶然の出会いが、あの国民的アナウンサーとの関係に繋がっていたとは。
「僕が中学二年生で、ゆりこさんは大学生。
年齢差はちょうど6歳だね」
けんたろうは、当時を思い出すようにふっと微笑む。
「いろいろあって仲良くなって、ゆりこさんの家にお邪魔するようになったんだ。
ゆりこさんの部屋には難しい本がいっぱいあって、いつもいろんなことを教えてくれたんだよ」
その声には、当時のきらきらした思い出が込められていた。
知的好奇心旺盛な彼にとって、ゆりこの存在は、まさに世界の扉を開いてくれる、かけがえのないものだったのだろう。
けんたろうは、少し照れくさそうに、しかしはっきりと告白した。
「その時、『好き』っていう恋愛感情は、僕にはまだよくわからなかった。
なのに、名前を呼ばれるだけで胸が熱くなる——そんな感じで。
でも、世界がどんどん広がっていくのが、ただただ嬉しくて。
ゆりこさんは、僕をその入り口に連れて行ってくれたんだ。
だから、できる限り一緒にいて、たくさんお話ししたい…そんな関係だったんだ」
静まり返った部屋で、ユージが呆れたように、それでいてどこか優しい目をしてつぶやいた。
「……それ、世間じゃ普通、初恋って言うんだぜ」
隣で、綾音も静かに頷いて微笑んでいる。
言われたけんたろうは、少しだけ顔を赤らめて、もう一度俯いてしまった。
彼の音楽に込められた、焦がれるような想いの深さの理由を、ユージと綾音は初めて垣間見た気がした。




