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vol.11 歌姫の告白

 いよいよ、Synaptic Driveのテレビ出演当日。

 全国ネットの音楽番組【ミュージック・フォレスト】。

 そのスタジオには、熱気と期待が渦巻いていた。

 カメラのレンズの向こうには、見えない数千万の視線。

 そして重圧。


 照明が落ちる。

 息が止まる。


 司会者の声が響いた瞬間、ユージがステージに飛び出した。

 スポットライトが彼を追う。

 いつもの、あの自信満々の笑み。

 ギターを肩で構え、観客席をぐるりと見渡すと、指先で軽く煽るように手を上げた。

 歓声が、割れるように上がる。


 そして——ステージ奥に、影が浮かび上がった。

 僕、けんたろうのシルエット。


 厚い幕の向こう、ぼんやりとしか見えない輪郭。

 客席のざわめきが、ひとつ、ふたつと増えていく。


「なんでシルエットなんだ??」

「テレビでもシルエットなのか??」


 困惑?

 上等だ。

 ユージが息を吸い込む。

 その一瞬の静寂を切り裂くように、『FIRE ON THE MERCURY』のイントロが鳴り響く。

 音が空気を振動させ、肌を直接叩く。

 スタジオの空気の温度が一段階、はっきりと変わる。


 ユージの熱唱と、シルエットの僕が奏でるユーロビートが、テレビの向こうの視聴者を、一瞬で掴んでいく。



 燃え尽きる星に 孤独ひとりきりで

 振り向けば昨日が 遠ざかる軌道

 沈黙の夜は 祈りも届かず

 胸の奥でだけ こだまする鼓動


 冷たい風 心を削って

 ただ進む理由を そらに探した

 限界かぎりを知るたび 立ち上がる影

 願いを 唇に灯せ


 FIRE ON THE MERCURY

 光と闇を裂いて 叫べ

 絶望やみさえ焼き尽くす この炎で

 孤独ひとりじゃない

 星の彼方へ響け はしる命で

 夜空を焦がして 未来だけを信じるんだ



 ♪ ♪ ♪


 リビングのテレビの前。

 梓は、息をするのも忘れていたかもしれない。


「すごい……!

 やっぱり、あの曲だ!」


 梓の鼓動が、画面の向こうのビートに同期する。

 血が、音になる。

 音が、熱になる。

 息が——追いつかない。

 甘美なめまい。


 画面に映る、シルエット。

 見るたびに、胸の奥がざわつく。


「このシルエットの人が……けんたろうくん、なの?」


 問いは、声というより、息に近い。

 誰に届くわけでもないけれど、口にせずにはいられなかった。


 世間は色めき立つ。


「おい、このバンド、マジで何者だよ!?すげぇカッコいい!」

「あのシルエット、誰なんだ!?全然見えないんだけど!」

「あの曲、ドラマで聴いて最高だと思ったけど、生(?)で聴くとさらにヤバいな!」

「まさか、本当に実在するのか?若いのか、ベテランなのか、名前からして男なのか?」

「本当に誰なんだよ!なんで顔を出さないんだ?」


 視聴者たちは魅了されながらも、その謎めいた存在に強い好奇心を抱いていた。

 情報の空白は、最大のスパイスだ。

 顔も、年齢も、過去も出さない。

 与えられる情報が極端に少ないからこそ、ネットには憶測と推測と妄想が、夜通し書き込まれていく。

 名前より先に、伝説だけが先行し始めていた。


 ♪ ♪ ♪


 曲が終わった瞬間、スタジオの熱が爆発した。


 割れんばかりの拍手。

 悲鳴のような歓声。

 ライトが乱反射し、ステージ上のユージの髪まで白く光る。


 ユージはマイクを高く掲げ、その勢いのまま叫ぶ。


「どうだ!

 これが俺たちSynaptic Driveのサウンドだ!

 俺らの音楽は、40世紀くらい先に進んでるんだよ!

 なぁ、けんたろう!」


 ユージが僕のシルエットに呼びかけると、さらに会場の熱気が高まる。


「お前ら、もっと『スーパープロデューサー』を見たいんだろ?

 残念だったな!

 まだまだお見せすることはできないぜ、コノヤロー!」


 挑発は、最高のファンサービスだ。


「俺らの音楽を聴きたければ、ライブに来い!

 生で、お前らの心臓に直接叩き込んでやるからな!」


 ユージのシャウトで、会場のボルテージは臨界点を突破した。

 その狂乱の嵐の中だった。

 ゲスト席の一角。

 そこだけ、時が止まったように静かだった。

 一人の女性が、音とは別のリズムで、すっと立ち上がった。



 一条零。



 彼女の瞳には、迷いなんて微塵もない。

 ただ真っ直ぐに、ステージ上の光と影を見据えていた。

 ユージが気づく。

 表情が変わる。

 視線と視線が空中で激突し、見えない火花が散る。

 ニヤリと笑うユージに対し、零は氷のように冷たく、美しい表情のまま小さく頷いた。

 言葉はいらない。

 魂のレベルで、何かが通じ合った瞬間。

 彼女は、スタジオ中の空気が自分に集まっていることを知っているような静けさで、まっすぐに、僕へと言葉を告げる。



「……あなたの音楽を、歌いたい」



 音のすべてを止めた。


 歓声も、スタッフの足音も、モニターのかすかなノイズも。

 空調の低い唸りだけが、やけに遠くで鳴っている。


 会場のざわめきがぴたりと止まり、視線という視線が、一条零ただ一人に吸い寄せられる。

 超人気・絶対的歌姫の突然の「告白」。

 ユージでさえ、一瞬、言葉を失い目を見開いた。


 一条零は、視線を逸らさない。

 まるで、幕の向こうにいる僕の魂そのものに話しかけるように、もう一度、言葉を紡ぐ。


「あなたの創り出す音楽には、私が探し求めていた『魂』がある。

 その音を、私の声で表現したい。

 ……あなたの音楽を歌いたい」


 その言葉は、テレビを通じて、日本中の人々に届けられた。

 そして、シルエットの僕に、静かに、しかし確かに突き刺さった。



【ネット民の反応】

「はぁ!?零様が『歌いたい』って……これ公開プロポーズかよ!?」

「相手、あのシルエットだろ?マジかよ、ドラマすぎる」

「感情を見せない零さんが……初めて『熱』を見せたぞ」

「零様が認めた『魂』か。Synaptic Driveの『けんたろう』、本物の怪物だったんだな」

「これ、コラボ決定のフラグじゃね!?零の声 × あのビートとか、脳が溶けるわ」

「歴史が変わる瞬間を見た。今、俺たちは目撃者だ」

「Midnight Verdict推しだけど、これは浮気するわ。ごめん」

「一条零とSynaptic Drive……最強の『矛盾』が手を組むのか?楽しみすぎて吐きそう」


【メディアの反応】

 「謎多きSynaptic Driveとカリスマ歌姫・一条零の化学反応に期待高まる」(週刊エンタメExpress 特別号)デビューからわずか数週間でテレビ出演を果たしたSynaptic Drive。その最大の謎である「けんたろう」に対し、一条零が共演を熱望するという前代未聞の事態が起こった。彼女が以前からその音楽性を高く評価していた「気になる作曲家」は、やはり「けんたろう」だったのか。この二組がもし共演すれば、日本の音楽シーンに新たな歴史が刻まれようとしている。

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