vol.110 女子会ミドヴァ⑥
CMが明けた。
テレビの向こう、スタジオの熱気が再びこちらまで伝わってくるようだ。
僕は、まだ心臓が落ち着かないまま、ソファに深く座り直した。
「さあ、ここからはもっとぶっちゃけていきましょう!」
ゴリマッチョ岡田が声を張り上げる。
その隣で、桜木麗子も
「恋バナだけじゃなくて、音楽のことも聞いちゃうわよ!」
と目を輝かせている。
人の悪気のない勢いが、今はただ怖い。
「さて、ここからはちょっと突っ込んだお話なんですが」
岡田が本題に入った。
「最近音楽業界を賑わせている皆さん以外のアーティストについて、どう思われますか?
例えば、同じユーロビートを牽引するSynaptic Driveさんとか…」
来た。
スタジオの空気が、画面越しにもピリッと引き締まるのがわかった。
けいとさんが冷静な表情で切り出す。
「Synaptic Driveさんは、私たちとはまた違ったアプローチでユーロビートの可能性を広げていると思います。
特に、あのけんたろうさんの楽曲は、非常に刺激になりますね」
けんたろうさん、とけいとさんは言った。
その響きが、公にできない二人の関係を表していて、僕には辛い。
「おお! けんたろうさん! 最近話題の『CAKE』もね!」
桜木さんが興奮気味に言うと、ひなちゃんがニヤニヤしながらけいとさんをチラリと見た。
けいとさんは、その視線に気づかないふりをしている。
あの視線は、きっと僕たちのことを知っているメンバーからのサインだ。
スマホ画面では、ザッツ小泉が興奮気味に実況している。
『出ました! Synaptic Drive!
けいと様がけんたろう氏を『刺激になる』と!
これはトップランナー同士の魂の対話です!
そしてひなた様の意味深な視線…!
何かあるのでしょうか!?』
次にMCは、アイドル界のDream Jumps、そしてミステリアスな歌姫一条零の名前を挙げた。
けいとさんは、一条零について
「非常に独創的な世界観をお持ちの方」
とプロとして評価したが、その声には隠しきれない緊張が滲んでいた。
僕の曲を巡る、水面下の火花が散っている。これはただのライバル談義じゃない。
トークが最高潮に達したその時、ゴリマッチョ岡田が、とっておきのサプライズを発表した。
「さあ、皆さん!
楽しい女子会トークも佳境ですが、ここで、甘いものタイムです!」
その言葉と共に、色とりどりのケーキが並んだ豪華なワゴンが運ばれてくる。
『CAKE』の話でスタジオが温まった直後。
まずい。
最悪のタイミングだ。
メンバーたちが少女のようにケーキを吟味し始める中、僕の額には冷たい汗が流れていた。
あやさんはフルーツタルトを、さやかさんはチーズケーキを、かおりさんはザッハトルテを、こはるちゃんはロールケーキを。
そしてひなちゃんは
「甘いのには目がないんですよー!」
と濃厚なガトーショコラを選んだ。
頼む、けいとさん。頼むから、それだけは選ばないで…!
僕の祈りも虚しく、最後に残ったけいとさんの視線は、ワゴンの上に残されたケーキへと向かう。
そして、彼女は少しだけ迷った後、最もシンプルな白いショートケーキに手を伸ばした。
「ああ…」
僕は思わず声を漏らした。
ザッツ小泉も
「お、けいと様は王道のショートケーキ!
やはり女王には白いケーキがお似合いです!」
とコメントしている。
まだ大丈夫だ。まだセーフだ。
だが、次の瞬間、時が止まった。
けいとさんは、もう一つ、とろけるような光沢を放つチョコレートケーキにも手を伸ばし、二つを自分の皿に乗せたのだ。
―― 恋はCAKE おしゃれなショートCAKE
―― 愛はCAKE とろけるチョコレートケーキ
僕の歌声が、テレビの中から幻聴のように響く。
スマホの中で、ザッツ小泉の声が震えた。
「…ショートケーキと…チョコレートケーキ…?
まさかッ!
皆さん!
これは…
これはSynaptic Driveの『CAKE』の歌詞、
そのものではありませんかッ!?」
しまった。
テレビ画面の中で、けいとさんの顔がみるみるうちに赤くなっていくのが分かった。
プロとしてのポーカーフェイスを保とうとしているが、その瞳は激しく動揺している。
彼女の耳の先が、隠しようもなく真っ赤に染まっている。
ネットのコメント欄が、爆発的な速度で流れていく。
「きたあああああ! 決定だろこれ!!」
「歌詞通りじゃん! 狙ったのか!? 天然か!?」
「耳真っ赤! けいと様、耳まで真っ赤になってるぞ!」
「これはもう言い逃れできない!」
ゴリマッチョ岡田は、その動揺を見逃さなかった。
彼はニヤリと笑い、いたずらっぽく尋ねる。
「いやー、けいとさん、まさかの二種類チョイスとは!
欲張りですねぇ!」
「ええ、だって、どれも美味しそうで…つい…」
精一杯の笑顔で誤魔化すけいとさんの声は、わずかに上ずっていた。
スタジオは和やかな笑いに包まれている。
だが、その裏で何が起こったのかを理解した者たちの間では、もはや熱狂と興奮が渦巻いていた。
この甘いケーキの罠が、僕とけいとさんの秘密の関係を、決定的な形で世間に匂わせてしまった。
これはもう、ただの憶測じゃない。
画面の向こうで震える恋人の姿を見ながら、僕はこれから始まるであろう嵐の予感に、身動きが取れずにいた。




