vol.108 甘い余韻
『CAKE』が世間を賑わせ、僕が「若き天才」だの「謎のプロデューサー」だのと騒がれている最中、僕の頭の中はただ一つ、けいとさんの感想でいっぱいだった。
あの曲は、けいとさんをメロメロにすることだけを考えて作った、僕からの究極のラブレターなのだ。
いてもたってもいられず、僕は帰り道にデパートの地下食品街へ吸い寄せられた。
ショーケースに並ぶ、宝石のようなケーキたち。
真っ赤なイチゴのショートケーキ、とろけるようなチョコレートケーキ、色とりどりのフルーツタルト。
「よし、これ全部だ!」
僕はショーケースを指差し、店員さんに少し驚かれながらも、厳重に梱包された箱を抱えて意気揚々と彼女のマンションへ向かった。
インターホンを鳴らすと、少し間があってけいとさんの声がする。
「はい、どちら様?」
「けんたろうだよ! けいとさん、ケーキ持ってきた!」
僕が元気いっぱいに答えると、ガチャリとドアが開いた。
「けんたろうちゃん!
もう、アポなしで来るなんて…って、何それ!?」
僕が抱える大量の箱を見て、けいとさんは目を丸くしている。驚きと呆れと、ほんの少しの喜びが混じった、愛しい表情。
「じゃーん! けいとさんの好きなケーキだよ!」
「…なによ、こんなに買ってきて。まったく」
呆れたようにため息をつきながらも、その口元は少し緩んでいる。「入りなさい」と僕を招き入れると、彼女は早速テーブルにケーキを並べ始めた。箱を開けるたびに広がる甘い香りに、けいとさんの瞳がキラキラと輝く。
「それにしても、こんなにたくさん…」
そう言いながらも、彼女のフォークはもうショートケーキに向かっている。
「大丈夫! ほら、早く『無邪気にパクパクこどもみたい』に食べてよ!」
僕が歌詞を引用してけしかけると、けいとさんはピタリと動きを止め、僕を睨んだ。
「あんたねぇ…その歌詞、まさか私のこと?」
ほんのり赤みを帯びた顔が、たまらなく可愛い。
「えへへ、どうかな?」
「…まったく。あんたの声、可愛すぎて腹立つわ。
でも、ちょっと…ううん、かなりドキッとしたじゃない」
照れたように視線を逸らす彼女に、僕は心の中でガッツポーズをした。
メロメロ大作戦、大成功だ!
「それで、僕の『CAKE』、どうだった? 感想聞きたくて」
一番聞きたかった質問を投げかける。
けいとさんはケーキを一口味わい、んー、と唸った。
「…そうねぇ。あの曲、あなたらしいわね」
「僕らしい?」
「そう。可愛くて、甘くて、聴いてるこっちが恥ずかしくなるくらいストレートで。でも…」
彼女はフォークを置き、僕の目を真っ直ぐに見つめた。
「…でも、聴いててすごく安心した。
…それと同時に、ちょっとだけ不安にもなったわ。
あなたの才能が、歌声が、世の中の人みんなに知られちゃうんだって。
…私だけのものじゃ、なくなるみたいで」
少し寂しそうに呟かれた本音に、胸が締め付けられる。
僕は彼女の隣に座ると、その手をぎゅっと握った。
「僕の歌は、僕の才能は、全部けいとさんのためにあるんだよ。
他の誰にも渡さない」
僕が力強く言うと、彼女は「…バカ」と小さく呟いて、顔を伏せた。
「じゃあ、メロメロになった?」
もう一度、期待を込めて尋ねる。
けいとさんは、ふっと鼻で笑った。
「んー、どうかしらねぇ。
まあ、ちょっとは、ね」
そう言って、再びショートケーキを一口。
その瞬間、彼女の口元に白いクリームがちょこんとついた。
「あ!」
「けいとさん、口にクリームが」
僕が言うと、彼女は慌てて口元を拭う。その仕草が、あまりにも無邪気で、愛おしくて。
僕は思わず身を乗り出し、彼女の口元に残ったクリームを自分の指でそっと拭った。
驚いて固まるけいとさんに見せつけるように、その指をゆっくりと自分の口に運ぶ。
「―――っ! ば、バカ! 何してんのよ!」
真っ赤になって叫ぶ彼女は、まさに歌詞の「口にはクリーム女の子」そのものだ。
僕はけいとさんの肩にもたれかかり、囁いた。
「ねえ、けいとさん。
この曲は、僕とけいとさんの歌なんだ。
だから、これからもずっと、二人で一緒に美味しいケーキみたいに、甘い時間を過ごしたい」
僕の頭を撫でながら、けいとさんは静かに、しかし力強く言った。
「ええ、そうね。
…あんたにこんな可愛い曲作られて、私も負けてられないわ。
今度は、私があなたをメロメロにする番よ」
不敵に笑うその顔は、僕の知っているクールな女王様で、そして僕だけに見せてくれる、世界で一番可愛い恋人の顔だった。
世間のどんな騒ぎも、メディアのどんな憶測も、この温かさには敵わない。
僕たちの『CAKE』は、これからも二人だけの秘密の味を奏で続けるだろう。




