vol.107 CAKEの残り香
Synaptic Driveが投下した甘い爆弾『CAKE』は、音楽業界の主要プレイヤーたちの心にも、大きな波紋を広げていた。
スタジオでの女子会は、最高潮の盛り上がりを見せていた。
「これ、完全にけいとじゃん!」
「無邪気にパクパクこどもみたいって!女王様なのに??」
あやとひなたの容赦ないツッコミに、けいとの顔は耳まで真っ赤に染まっている。
けんたろうの甘い歌声とストレートすぎる愛の歌詞に、心がとろけるような幸福感を感じながらも、その胸には一抹の不安が芽生えていた。
(けんたろうちゃん…こんな歌、恥ずかしすぎるわ…)
両手で顔を覆いながらも、その表情は幸せに満ちている。
だが、けんたろうの才能が一条零に目をつけられ、今や不特定多数に知れ渡っていく現実。
SNSで僕への賛辞を目にするたびに、彼女の独占欲がチクリと痛んだ。
「この歌は…危険だね」
ミステリアスなベーシスト、かおりが誰にも聞こえない声でポツリと呟いた。
その言葉の真意に気づく者は、まだ誰もいなかった。
♪ ♪ ♪
一方、ライバルであるアイドルグループ、Dream Jumpsの楽屋でも『CAKE』が話題の中心だった。
「Synaptic Driveってクールなイメージだったのに、こんなに可愛い曲も作れるんだ…!」
リーダーのめぐみは、そのギャップに感嘆の声を上げる。
「しかもけんたろうくんが歌ってるなんて、ずるい!」
「私たちもこんなキュートなユーロビート歌ってみたい!」
メンバーたちが口々に興奮を語る。この甘い奇襲は、彼女たちに「もっと新しい表現に挑戦すべきだ」という、ポジティブな刺激を与えていた。
♪ ♪ ♪
そして、孤高の絶対的歌姫、一条零。 静まり返った自室で、彼女は一人『CAKE』を聴いていた。
(…これほどまでに、研ぎ澄まされた愛の歌
…けんたろうくん…
あなたは、私の想像を遥かに超えていたわ…)
そのクールな表情は崩れない。
だが瞳の奥では、けんたろうへの音楽への深い感動と、強烈な焦燥が渦巻いていた。
僕の才能を世に知らしめたのは自分だという自負。
それなのに、彼は自らマイクを取り、こんなにもパーソナルな愛を歌い上げた。
「『少しだけでいい 伝えたい』…あなたはそう歌っていたのに、今、全てを歌い上げたわね…」
Synaptic Driveの曲『あなたは知らない』の歌詞を口ずさむ。
それはまるで、先を越されたかのような、あるいは裏切られたかのような感覚だった。
しかし、その焦燥は、彼女の中で強固な執着へと変わっていく。
「…けんたろうくん。
あなたの音楽の魂は、私が誰よりも理解できるはず…」
彼女は静かに、しかし確固たる決意を胸に抱いた。
「この『CAKE』がどんな意味をもつにせよ、私はあなたを諦めない」
けんたろうのたった一つの甘いラブソングは、二人の歌姫に全く異なる影響を与え、音楽業界の物語を、新たなステージへと押し上げていた。
♪ ♪ ♪
「どうも!音楽のど真ん中をブチ抜く男、セブ・直山だ!
おいお前ら、聴いたか!?
Synaptic Driveの新曲、『CAKE』を!
俺はもう昨日からこれしか聴いてねえ!
今日は緊急生配信だ!
この歴史的事件について、語らせてもらうぜ!」
「まず言わせてくれ! Synaptic Drive、マジでぶっ飛んでる!
あのクールなユーロビートのイメージをかなぐり捨てて、まさかのキラキラ系ど真ん中ラブソング!
しかもだ!
ボーカルはユージ兄貴じゃねえ!
謎に包まれてた天才・けんたろう、本人だ!
このサプライズ、心臓に悪いわ!」
「Twitterを見ろ!
トレンド1位『#けんたろう』、2位『#CAKE』!
ネット掲示板はもうお祭り騒ぎだ!
『声が可愛すぎて死んだ』
『ギャップ萌えで意識飛んだ』
『全人類がかわいいって言うに決まってるだろ!』
…わかる!
わかりすぎるぞお前らの気持ち! 俺もそうだ!」
「そして問題は歌詞だ!
『僕をかわいいしか言わないあなた』
『お姉さんぶってつっぱって』
…具体的すぎるだろ!
ネットじゃ特定班が動き出してる!
『相手は誰なんだ!?』ってな!
中には、『これ、Midnight Verdictのけいと様のことじゃね?』
なんていう鋭い考察も飛び出してる!
まあ、深読みかもしれねえが、この妄想、止まんねえよな!」
「メディアも黙っちゃいねえ!
『天才作曲家、歌声でも魅せる!』
『甘い奇襲でチャート席巻!』
…ワイドショーじゃ女子アナが『胸キュンしちゃう!』って悶絶してる始末だ!
あの現役最強・ゆりこアナでさえ、関心ありありの顔でコメントしてたからな!
まさに社会現象だ!」
「だがな、俺が一番注目してるのはそこじゃねえ。
…そう、一条零だ。
彼女は言ったよな?
『けんたろうの曲を歌いたい』って。
そのけんたろうが、自らマイクを取って、こんなにも個人的で、甘いラブソングを歌い上げた。
これは…一条零に対するアンサーなのか?
それとも…全く別の誰かに向けた、純粋な愛のメッセージなのか?」
「どっちにしろ、これで音楽業界の勢力図は完全に塗り替わった!
この甘いケーキが、とんでもない嵐を巻き起こす!
俺は、そのど真ん中を見届けたい!
お前らも、この歴史的瞬間から目を離すなよ!」




