vol.10 いざない
ドラマ『コスモ・シンフォニー』の初回放送から数日。
世界は、ほんの少しだけ色が変わってしまった。
学校の廊下を歩けば、すれ違う生徒たちが
「昨日のドラマのOP、ヤバくなかった?」
「Synaptic Driveって誰なんだろうね?」
と囁き合っている。
そのたびに僕、けんたろうは、カメレオンのように気配を消し、壁と同化するスキルを極めつつあった。
嬉しいはずなのに、心臓はオーディションの時よりも激しく脈打っている。
僕の音楽が、僕の知らないところで、巨大な生き物のように歩き始めている。
その足音に、僕は怯えていた。
♪ ♪ ♪
そんなある日の午後。
Rogue Soundの事務所のドアが、破壊されるんじゃないかという勢いで開かれた。
「ガッシャーーーーーン!!」
「うおっ!?」
「きゃっ!」
ソファでだらけていたユージと、経理ソフトと格闘していた綾音さんが飛び上がる。
そこに立っていたのは、肩で息をし、顔をトマトのように真っ赤にした社長だった。
今日はどのラーメン屋のスタンプを落としたのかと思えば、手に持っていたのは一枚のFAX。
その手には、なぜか勝利のVサインが高々と掲げられている。
「社長、お疲れ様です。
またパチンコでフィーバーしました?」
ユージが呆れたように言うと、社長は「違うッ!」と一喝。
そして、芝居がかった口調で宣言した。
「諸君! 聞きたまえ!
我々は…我々はついに…
神々の遊び場への招待状を手に入れたのだッ!!」
「はあ……」
「つまり、どういうことです?」
全く理解できない僕たちを前に、社長はバンッ!とテーブルに一枚の企画書を叩きつけた。
『ミュージック・フォレスト』
日本中の誰もが知る、金曜夜の国民的音楽番組。
「ちょっ……これって……」
ユージの声が震える。
社長は、胸を張り、得意満面の笑みで言い放った。
「そうだ! テレビ出演が決まったぞッ!
全国ネット!
ゴールデンタイムだァァァァ!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」
ユージと綾音さんの絶叫が、事務所の安っぽい壁をビリビリと震わせた。
ユージは意味もなく床を転げ回り、綾音さんは普段の落ち着いた表情をかなぐり捨て、力強いガッツポーズを繰り返している。
デビューライブからわずか数週間。
これは奇跡だ。
いや、僕らの音楽が起こした、必然の奇跡なんだ。
……だが。
僕だけが―――
その歓喜の輪の中心で、急速に血の気が引いていくのを感じていた。
テレビに出る?
僕が?
全国の人が見る画面に?
脳裏に、けいとさんの輝く笑顔が浮かぶ。
公園で交わした秘密の約束が、ガラス細工のように砕け散るイメージがよぎる。
シルエットで出演するとしても、リスクは計り知れない。
僕はただ―――
けいとさんを追いかけたいだけだったのに……
僕の表情を読み取ったのだろう。
綾音さんが、そっと僕の肩に手を置いた。
「けんたろうくん、大丈夫。
私たちがいる。
それにね、これはチャンスだよ。
けんたろうくんの音楽を、もっとたくさんの人に届けるための」
「そうだぜ、けんたろう!」
床からむくりと起き上がったユージが、燃えるような瞳で僕を見つめる。
「テレビの向こうの暗闇も、俺たちのライブハウスだと思え!
お前の音楽を俺が歌って、全員の脳みそを宇宙の果てまでブッ飛ばしてやんだよ!
やることはいつもと一緒だ!」
ユージの、バカみたいに真っ直ぐな言葉が、凍りついた僕の心に小さな火を灯す。
そうだ。
僕には、この二人がいる。
「よぉーし! このビッグウェーブに乗るぞ!
目指せ、紅白!
目指せ、東京ドーム!
まずは経費で焼肉だァ!」
社長が一人で盛り上がっている。
「却下します。
まずは機材のローンを返済してください」
綾音さんの冷静なツッコミが、事務所の熱気を少しだけクールダウンさせた。
♪ ♪ ♪
Synaptic Driveのテレビ出演のニュースは、再びネットの海に火をつけた。
彼らの正体は、依然として謎のまま。
顔も、素性も、見えない。
だからこそ、想像と期待は勝手に肥大していく。
【ネット民の反応】
「マジかよ!Synaptic Drive、もうテレビ出るのか!?」
「Synaptic Driveって、あのドラマの曲の?」
「勢い止まらねぇな」
「やったー!あの『FIRE ON THE MERCURY』を生で聴けるのか!?」
「テレビでシルエットってどうなるんだ? ずっと後ろ向いてるんかな?」
「『けんたろう』の正体、ついに明かされる?」
「それとも今回も謎のまま?」
「謎が多いバンドって、逆に興味惹かれるんだよな」
「どうせ顔出しNGなんでしょ。そういう売り方なんだろ」
「いや、そういうこと言うなよ! 謎が多いからいいんじゃん!」
「今回の音楽番組、零様がSynaptic Driveを蹴散らすか?」
「もしや、零さんが気になるって言ってた作曲家って、やっぱりSynaptic Driveだったのか!?」
「零様とSynaptic Driveが同じ番組に出るって、これ、なんかあるだろ!」
「激アツ展開じゃん!」
「絶対見なきゃ損!」
【メディアの反応】
「異例のスピードでテレビ出演決定!『Synaptic Drive』、その謎は深まるばかり」 (音楽情報サイト「Music Wave」)
ドラマ主題歌で一躍脚光を浴びた新人バンドSynaptic Driveが、早くも全国ネットの音楽番組への出演が決定した。その正体を明かさない戦略は、かえって世間の好奇心を刺激し続けている。テレビでのパフォーマンスが、彼らの謎をさらに深めるのか、それとも新たな展開を見せるのか、注目が集まる。
♪ ♪ ♪
事務所の片隅、誰もいない応接間で、小さく息を吐いた。
指先がほんの少し震えている。
「……本当に……まさか……僕が――テレビに出るなんて」
でも、薄闇の向こうで、仲間たちの笑い声と「俺たちなら絶対イケる!」の声が聞こえる。
「自分は―――どこまでできるんだろうか」
テレビの向こう側に、まだ見ぬ無数の視線と、けいとさんのまなざしを思い浮かべながら、僕は拳を握りしめた。
僕の音は、もう僕だけの手の中にはない。
その光の先にあるのは、栄光か、それとも――。
僕にはまだ、その答えを知る勇気はない。




