表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/201

vol.101 女王の支配、愛の降伏

 僕の感情の爆発を真正面から浴びたけいとさんは、まるで雷に打たれたかのように、その場で立ち尽くしていた。

 普段のクールな表情はどこへやら、目を見開き、口を微かに開けたまま、完全に僕の言葉に圧倒されている。

 彼女の瞳の奥に、驚き、戸惑い、そして一瞬の後悔のような色が浮かんだのが見て取れた。

 沈黙がリビングを満たす。

 それは、僕の叫びが響き渡った後の、張り詰めた静寂だった。

 やがて、けいとさんはゆっくりと、しかし確実に、僕に近づいてきた。

 僕の前に跪き、僕の顔を両手で優しく包み込む。

 その手は、冷たくなく、むしろ温かかった。


「…けんたろうちゃん…」


 彼女の声は、先ほどまでの氷のように冷たい響きではなく、震えるような、しかしどこか甘えを含んだ、か細いものだった。

 僕は、その声色に一瞬戸惑う。


「私…ごめんなさい…」


 けいとさんは、僕の目をじっと見つめ、そう謝罪した。

 その瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいるように見えた。

 まさか、あの氷の女王が、僕に謝罪するなんて。

 僕は、僕が言いすぎたのか、それとも本当に彼女が反省しているのか、分からなくなり、完全にフリーズしてしまった。


「私、知らなかったわ…

 あなたが、そんなに苦しんでいたなんて。

 私のことばかりで、あなたの気持ちを考えてあげられてなかった…」


 彼女はそう言って、僕の頭を優しく撫でる。

 その動作は、まるで傷ついた子猫をあやすかのようだ。

 僕は、彼女の反省しているかのような態度に、少しだけ心が揺らぐ。

 しかし、僕はまだ抵抗をやめるわけにはいかない。


「だって、けいとさんが僕に構ってくれないから…!

 一条さんとか、めぐみちゃんとか、みんな僕のこと、構ってくれるんだもん!」


 僕は、まるで駄々をこねる子供のように、半ば泣きつきながら訴える。

 僕の本音は、けいとさんにただ構ってほしい、愛されていると実感したい、という純粋なものだったのだ。

 すると、けいとさんは、フッと優しく微笑んだ。

 その笑顔は、これまでの冷たさとは打って変わって、まるで春の陽だまりのように温かい。

 しかし、その温かさの裏に、僕は何か別の気配を感じ取った。


「そうね…ごめんなさい。

 私が悪かったわ。

 でもね、けんたろうちゃん」


 けいとさんは、僕の頬に手を添え、親指で優しく撫でる。


「私、知ってるわよ?

 あなたが、誰よりも私を愛しているってこと。

 だって、私のために、あんなに素晴らしい歌をたくさん作ってくれるんだもの」


 その言葉に、僕はハッとする。

 彼女は、僕の音楽が全て彼女への愛から生まれていることを、ちゃんと理解していたのだ。

 そして、それを僕への愛情の証として受け止めていた。


「私のけんたろうちゃんは、ちょっと寂しがり屋で、すぐに甘えん坊になるけど…

 でも、そこが可愛いわ」


 けいとさんは、そう言って僕の唇にそっとキスをした。

 そのキスは、優しく、そして深く、僕の心臓を直接掴まれたかのような衝撃を与えた。

 僕の頭の中は、一瞬にして真っ白になる。


「だからね、けんたろうちゃん。

 これからは、もっとたくさん、私に甘えてちょうだい?

 寂しい時は、いつでも私のところに来ればいいわ。

 私が、全部受け止めてあげる」


 彼女の声は、まるで甘い蜜のように僕の耳に流れ込み、僕の心を満たしていく。

 そして、けいとさんは、さらに僕を追い詰めるような、しかし僕にとっては抗いがたい言葉を紡ぎ出した。


「でもね、その代わり、あなたにとっての一番は、永遠に私だけよ?

 他の女の子がいくら近寄ってきても、あなたの心は、私から離れない。

 そうでしょう?」


 それは、僕を甘やかし、慰めながらも、決して譲ることのない女王の宣言だった。

 その言葉と、彼女の潤んだ瞳に、僕はもう何も言い返せなくなった。

 彼女は、僕の音楽への情熱を、自分への愛と完全に結びつけているのだ。

 そして、その愛こそが、僕の音楽の源なのだと、彼女は確信している。

 けいとさんは、僕を抱きしめると、耳元で囁いた。


「さあ、私の可愛いけんたろうちゃん。

 たっぷり甘えてちょうだい。

 そして、私のためだけに、最高の音楽を作り続けるのよ」


 彼女の抱擁は、まるで僕を縛り付けるかのような強さだった。

 しかし、その温かさは、僕がずっと求めていたものだ。

 僕は、抵抗する力を完全に失い、けいとさんの腕の中で、ただ頷くしかなかった。


(ああ、僕は…けいとさんの手のひらの上で、コロコロ転がされているんだ…)


 僕は、自分の不甲斐なさと、けいとさんの圧倒的な「女王力」に、内心でため息をついた。

 結局、どれだけ不満をぶちまけても、彼女は僕を手のひらで転がし、メロメロにして、そして完璧に支配したのだ。

 氷の女王は、僕の愛を試しただけでなく、僕の心を完全に奪い返した。

 けいとさんの腕の中で、完全に支配されたかのように見えた僕だったが、最後の最後に、絞り出すような言葉が口をついて出た。

 それは、これまでの不満の全てを覆い隠す、僕の心からの、そして最も切実な願いだった。


「…だったら…だったら、結婚してよ!」


 僕の突然の言葉に、けいとさんの抱擁がピタリと止まった。

 彼女はゆっくりと僕から体を離し、目を見開いて僕を見つめる。

 その表情は、先ほどまでの女王の顔ではなく、完全に驚きに満ちた一人の女性の顔だった。


「僕、ずっと…ずっと、けいとさんと結婚したかったんだよ!」


 僕は、堰を切ったように、さらに言葉を続けた。

 心の中に秘めていた、長年の夢が、今、感情のままに溢れ出す。


「すぐにでもしてよ!

 僕、もう、けいとさんがいないとダメなんだ!

 けいとさんが隣にいないと、何も手につかないし、音楽も作れないし、生きてる意味もわかんない!」


 僕は、半ば泣きながら、けいとさんへの深い依存と、結婚への切なる願いをぶつけた。

 僕にとって、けいとさんの存在は、もはや生活の全てであり、音楽を奏でる唯一の理由だったのだ。

 彼女がいない世界など、想像すらできなかった。


「僕、全てを捨てても良い!

 音楽だって、世間の評価だって、全部どうでもいい!

 けいとさんさえいれば良いんだよ!」


 僕の言葉は、まるで子供が最も大切な宝物を差し出すかのように、純粋で、そして盲目的だった。

 しかし、その情熱は、偽りのない僕の本心だった。

 僕の言葉に、けいとさんの瞳に、じんわりと涙が滲んでいく。

 彼女は、僕の顔に手を伸ばし、優しく僕の頬を撫でた。


「…けんたろうちゃん…」


 けいとさんの声は、震えていた。

 その表情には、僕の真っ直ぐな愛情を受け止めたことへの、深い感動と、そして微かな戸惑いが入り混じっていた。


「…私…嬉しいわ。

 あなたが、そこまで私のことを想ってくれているなんて…本当に…」


 彼女はそう言って、僕を再び強く抱きしめた。

 その温かさは、僕の心を包み込み、僕の不安を溶かしていくかのようだった。

 しかし、次の瞬間、彼女の言葉には、どこか女王の矜持が混じっていた。



「でもね、けんたろうちゃん。

 今はまだ、だめよ」



 その言葉に、僕は一瞬にして凍りついた。

 僕の頭の中に、僕が16歳、けいとさんが21歳という現実が、冷たく突きつけられる。

 社会的には、まだ結婚するには若すぎる。

 ましてや、僕らは秘密の交際をしているアーティストだ。


「え…なんで…僕、けいとさんがいればそれでいいのに…」


 僕は、再び駄々をこねる子供のように訴えるが、けいとさんは優しく、しかし確固たる口調で諭した。


「まだ早いもの。

 あなたはこれから、もっともっと大きく羽ばたいて、世界中の人々にあなたの音楽を届けるのよ。

 そして、私もね。Midnight Verdictとして、もっともっと輝かなくちゃいけない」


 けいとさんの言葉は、僕たちの将来を見据えた、現実的なものだった。

 僕の音楽の才能を愛し、僕の将来を誰よりも信じている彼女だからこそ、今ここで、僕の衝動的な願いを止める必要があったのだ。


「それにね、けんたろうちゃん。

 私のために、もっと甘い曲を作って頂戴?

 あなたの愛を、全部音楽に込めて、私に聴かせてくれるんでしょう?」


 けいとさんは、僕の頭を優しく撫でながら、甘く、そして妖しく囁いた。

 その言葉は、僕の音楽の才能を刺激し、僕への愛を、新たな創作意欲へと転換させようとしているかのようだった。

 結局、僕は、彼女の掌の上で踊らされていることを自覚しつつも、その甘い誘惑に抗うことはできなかった。


「…わ、わかったよ…」


 僕は、不満を言いながらも、けいとさんの腕の中で頷くしかなかった。

 結婚は遠い未来になったが、僕の音楽のモチベーションは、これまで以上に高まった。

 けいとさんは、やはり僕の唯一無二の女王だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ